第二章
アズキ 怖い人の帰還に立ち会う
それは、大分この場所にも馴染んできたある日の朝の事だった。
「は~い! おはようアズキちゃん。いきなりだけど朝食一緒に食べない?」
と自室に乗り込んできたジェシーさんに連れられ、ワタシ達は食堂で朝食を摂っていた。
それなりに食堂には人が居たけれど、丁度空いている場所を素早くジェシーさんが確保してくれたのだ。
「最近どう? あちこちから仕事を受けているって聞いたけど」
食べながら、ジェシーさんが突然そんな事を聞いてきた。その事か。ジェシーさんは多分医者として、こうして朝食の名目でワタシが無理をしていないか確かめに来たんだろう。
「はい。訓練や検査以外で余った時間に時々。でも皆さんこちらに気を遣ってか、簡単な手伝い程度ばかりですよ。無理のない範囲でですし、以前から自分でも体調を管理するのは得意なんです」
「……そう。なら良いけど」
ジェシーさんは少しこちらを見定めるように見つめ、すぐに気を取り直して食事を再開する。
カチャカチャ。カチャカチャ。
気まずい。響くのは食器の音ばかり。
いつも饒舌なジェシーさんが静かに食事するなんて、どう見てもこっちが気を遣わせている。何とかフォローしたいけど、家で食事している時は家族で話自体あまりしなかったし。こういう時どういう話題を振れば良いか分からない。
コムギだったらガンガン向こうから話題を振ってくれるから会話が途切れるなんて事ないのに。
「ねぇアズキちゃん。口を大きく開けて」
「……? こうですか……むぐっ!?」
言われた通りに口を開けると、急にその中に魚の切り身を放り込まれてワタシは目を白黒させる。
「どう? 美味しい?」
「……美味しいですけど、急に子供みたいな事をしないでくださいよ。驚いたじゃないですか」
「ごめんごめん。……でもね。何か悩んでいるみたいだけど、それはそれとして美味しい物を食べている時は、もっとその美味しさを楽しまなきゃ!」
「美味しさを……楽しむ?」
珍しい言い回しだと首を傾げると、ジェシーさんはそうそうと頷く。
「勿論美味しさだけじゃないよ。食事も含めた諸々……総じて
そう言ってパチンといたずら気味にウィンクすると、ジェシーさんは美味しそうにフォークに刺した魚の切り身に食らいついた。
『……美味しい』
『でしょでしょ! ここ最近見つけた穴場のスイーツショップなんだ! ぜ~ったいアズキちゃんなら気に入ると思ったの! ムッフッフ。あたしにたっぷり感謝感激してくれても良いよ!』
『そうね……うん。ありがとうコムギ』
『えへへ。どういたしまして! ……ってアズキちゃんっ!? それあたしがとっといた分っ!? 全部はダメだからねぇっ!?』
そこでふと、以前コムギに連れられてスイーツショップに行った時の事を思い出す。コムギは色々と失敗して落ち込む事も多かったけれど、それでも甘味を食べている時はいつも輝かんばかりの笑顔だった。
……確かに、そういう意味ではコムギは間違いなく今を楽しんでいた。そしてその周りの人達も、ワタシも含めて笑えていた。
(そっか。ワタシ、そういう所でもコムギに助けられていたんだ)
「おっ!? その顔は何か身に覚えが有ったり? なんとな~く理解出来たら次は実践あるのみ。まず手始めに……ほらっ! またあ~んして!」
「またですかっ!? もう一人で食べれますからっ!?」
そうしていつの間にか食事は進み、そろそろ終わりになろうかという所で、
「……はぁ……はぁ……た、大変だっ!」
それなりにガヤガヤとしている食堂に、急に職員が一人息を切らせながら飛び込んできた。
「ハハハ。おいどうしたビリー。そんなに腹が減ったのか? 残念ながらお前の好きなデラックス朝食セットはもう品切れだぜ」
からかう様に声をかける他の職員に対し、走り込んできた人は首をブンブンと横に振る。
「違うって。……帰ってくる。帰ってくるんだよ」
「帰ってくるって…………まさかっ!?」
急に顔色を変える職員に対し、どうにか息を整えたその人は大きく食堂中に響くような声で叫んだ。
「
その瞬間、あれだけガヤガヤとしていた食堂が急に静まり返り、
「ぎゃあああっ!?」
「あわわわわわ……安寧の日々がぁ」
「もうダメだ……おしまいだ」
一転して食事をしていた職員達が全員うろたえだす。ある人は頭を抱え、ある人は机に突っ伏して唸り声をあげ、またある人は絶望のあまり膝を突いて茫然自失。
悪心の大量発生の時ですらここまでじゃなかった。一体どんな怪物が現れたというのっ!?
「あっちゃ~。そういえばそろそろだったわ」
「ジェシーさん。一体これは!?」
比較的落ち着いているジェシーさんに何事かと尋ねると、困ったような顔をしながらこう答えた。
「うん。長らく本部へ出かけていた怖~い人が帰ってくんの。アズキちゃんを見たらどう出るかなぁあの人。流石に問答無用で追い出したりはしない……と思いたいんだけど」
どうやら、とんでもなく恐ろしい人らしい。
十分後。本部間移動ゲート前にて。
「もうすぐその人がここに来るんですか?」
「そうだよ。定期便に合わせて戻るって話だからそろそろかな」
ワタシは食堂からどやどやと移動する人波に流される形で、定期的に本部と人員や物資が行き来する区画に移動していた。付き添いとしてジェシーさんも一緒だ。何か申し訳ない。
ちなみに最初にここを見た時驚いたのが、なんとリーチャーではSF的なワープゲートが実用化されている事。いつでもどこでも使えるのではなく制限も多いらしいけど、それでもとんでもない化学力だと思う。
「それにしても……やけに皆さん普段よりピリピリしていませんか?」
ここには搬入作業のため以外にも職員が沢山来ているのだが、大半がどこか緊張した面持ちで整列している。
「あ~……見てれば分かるから。…………来たよ」
ジェシーさんがそう言った瞬間、
ブオン!
どこか電子的な音を立て、突然ぽっかりと
大人が両手を広げたサイズの穴を通り、まずこちらへやってきたのはガラガラと音を立てる台車。
てきぱきと補給物資が搬入され、確認作業を終えた物からどんどん運び込まれていく。そんな中、
コツン。コツン。
静かに、だけど目が離せない存在感を持って、一人の女性がワープゲートからこちらに入ってきた。
(キレイな人)
同性のワタシから見てもそう思えるほど、その人は全身が整っていた。
濃い緑色の髪をシニヨンにまとめ、鋭いツリ目の上からシャープな紺色のメガネを掛けた美女。背が高くすらっとしたモデル体型で、一般職員と同じ制服の筈なのにまるで着こなしが違う。
そう。この人こそ。
「メレン副隊長に、敬礼っ!」
「はい。ただいま戻りました皆さん」
薄く微笑みながら、職員達の敬礼で出迎えられたこの人こそ、長らく侵略業務から離れていたこの施設のナンバー2。ピーターさんの副官を務めるメレン副隊長だった。
◇◆◇◆◇◆
という訳で、この章の鍵を握るメレン副隊長の帰還です。
この人も中々濃いキャラをしていますので、ピーターの胃を心配しつつこれからをお楽しみください。
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