アズキ メレンと顔合わせをする
「あの人が……メレンさん」
「そ。この調査隊において隊長に次ぐ……いえ。時と場合によっては
敬礼する職員の人達に迎えられるメレンさんを見て、珍しくジェシーさんはどこか物憂げにそう話す。帰ってくるという第一報を聞いた時も難しい顔をしていたし、個人的に苦手なのかもしれない。
「でも、あれのどこが怖い人なんですか? 確かに職員さん達はどこか緊張しているけど、見た所穏やかそうな人だし」
「あ~。それはね」
ジェシーさんが言葉を濁していると、急にきびきびと歩いていたメレンさんが一人の職員の前で立ち止まる。あの人は……確か数日前にここに来たばかりの人だ。やや女性差別的な所があるって女性職員の人達が愚痴ってた。
「あっ!? あのバカなんつうタイミングで」
「いかん。離れとこ」
周囲の人達が僅かにざわつき、さりげなくその人とメレンさんから離れていく。一体何が? そう思った次の瞬間、
「アナタ……
メレンさんは穏やかに微笑んだまま、一切の予兆も感じさせず、予備動作すら見せず。
スパーンっ!
「……へっ!?」
気が付いた時にはその職員さんは、真っ赤な手の形の跡を付けられた頬を押さえながら目を白黒させていた。
「
「それだけの事でっ!? そ、それに俺はついさっき勤務時間になったばかりで」
「一口程度ならいざ知らず、近くを通るだけで分かるほどの酒精はそれだけとは言いません。それと発言は正確に。三時間前をついさっきとは少々間延びし過ぎですね」
「なっ!? 何故ここに配属したばかりの俺の勤務内容を」
その職員さんの顔色が変わり、その言葉が本当だと言外に認める。それを見たメレンさんは、何を言っているのかと首を傾げた。
「何故って、
それを聞いてその人……ダニエルさんは唖然とした顔をする。そして多分ワタシも。
「あの、ホントにメレンさんってここの職員全ての勤務内容とか把握してるんですか?」
「そう。しかも勤務表をちょっと見ただけで10分単位で暗記しちゃうの。まったく凄いわよねぇ」
肩を竦めるジェシーさんをよそに、メレンさんはついでとばかりに制服の乱れや身だしなみも軽く指摘、最後にわざとらしくはぁとため息を吐いた。
すると、それまで顔を俯かせて肩を震わせていたダニエルさんが顔をキッと上げ、
「うるせぇっ! いきなり出てきたかと思えば細かい所までグチグチと。何様のつもりだっ!」
それは酒のせいもあったのかもしれない。逆ギレして顔を真っ赤にさせながら、ダニエルさんは邪因子を漲らせてメレンさんに殴りかかった。
危ないっ!? ワタシは咄嗟に止めに入ろうと一歩前に出て、
「まったく。嘆かわしいですね」
パパパンっ!
そんな事をするまでもなく、目にも止まらない速度で繰り出された往復ビンタで意識を刈り取られたダニエルさんがワタシの前に倒れ伏した。顔もすっかり腫れ上がってパンパンになっている。
「上官に拳を向けた事がではありません。何の勝算もなく、計算もなく、展望もなく、ただ怒りのままに拳を振るおうとした事がまったくもって嘆かわしい。次に来る時はもう少し作戦を立てて来なさい」
「良く言うよ。わざと煽って手を出させてから鼻っ柱をへし折る。アンタお得意の
後ろからジェシーさんの揶揄うような声が聞こえてくるけど今はそれどころじゃない。
何故なら、ワタシが一歩前に出た事でさっきから、メレンさんの視線がこっちに向いているからだ。それもこの感覚は覚えがある。以前コムギと組んで活動していた時にも散々受けた、
他の人が気を失ったダニエルさんを運び出す中、視線はまるで途切れることなく僅かな圧を伴って突き刺さり、
「あの、何でしょうか?」
「……いえ。ここで一歩踏み出してくるとはどんな人かと思い、長々と失礼しました。アナタが書類にあった現地協力者のアズキさんですね? 私はこの調査隊の副隊長を務めるメレンと申します。
急に視線と圧が弱まり、さっきまでのような穏やかな態度でメレンさんが手を差し出してきた。どこか母に似たタイプだと気を引き締めながら、ワタシはよろしくお願いしますと握手に応じる。
「はい。……さて皆さんっ! 私が少しここを離れている間、先ほどの方も加えて大分弛んでいる様子。良いですか? 我々は組織なのですっ!」
手を離すと、そのままメレンさんはまるで演説でもするように大きく両手を広げる。
「善悪正邪に関係なく、組織には規律が、秩序が必要なのです。それは本部でも支部でも侵略予定地であろうとも関係はありません。私が戻ったからには、これまでのような弛んだ業務がまかり通ると思わぬよう。以上……各自速やかに業務に戻る様に」
「「「はっ!」」」
最後に職員達は一斉に敬礼をすると、そのまま素早く周囲に散らばっていった。残ったのは近くに居たワタシと、付き添いのジェシーさん。そして、
「やあ。お帰りメレン。少しは骨休めになったかい?」
「ピーターさんっ!」
そこへメレンさんを出迎えに来たのだろう。ピーターさんが少し疲れた顔をしながらやってきた。
近々重要な会談が有って書類をまとめなければならないと、ここ数日根を詰めているらしい。なのに、
『しばらくコムギちゃんに連絡するのを控える? ハハッ! そのくらいなら疲れもしないさ。遠慮しなくても良いよ』
『何か手伝える事かい? う~ん……今はないかな。それにアズキちゃんは他にも手伝いを頼まれているだろう? 先にそちらを片付けてくる事だね。それが済んだら……そうだ! コーヒーでも淹れてくれれば助かるかな』
ずっとこの調子で、まるでこちらを頼ってくれない。いつも助けてもらっているので何かしらお返しをしたいのに、それが出来ない上疲ればかりが溜まる様を見るのは罪悪感が募る。
気のせいか服までよれよれになっているその姿を見て、メレンさんは眉をぴくっと動かす。もしかして、さっきの人みたいに服が乱れているから気を悪くしたのだろうか?
しかしメレンさんは何も言わずにメガネを指で押し上げると、そのままピーターさんの下へ歩いていった。そして、
「……ただいま戻りました隊長。私が居ない間に、ここの規律に加えて隊長の生活習慣まで乱れているようですね。誠に残念です」
「ハハハ……そうみたいだね。でも聞いてほしい。これには色々と深い事情が」
「ええ。隊長の事ですから深い理由があるのでしょうね。しかしそれはそれ。これはこれです。私が戻ったからには、即刻この乱れ切った諸々を引き締め整えていきますのでそのおつもりで」
ピーターさんは冷や汗だらだら。それもその筈、メレンさんはさっきからずっと穏やかに微笑んだままなのだ。
穏やかな顔でダニエルさんを張り倒し、説教し、こうして上司であるピーターさんも正論で押さえつける。それはまさしく、
「……確かに、怖い人ですね」
「そうでしょう? おかげでついた異名が『鋼鉄の管理官』だの『副官(裏ボス)』だの『微笑みの悪鬼』だの色々。まあ間違いなく有能だから、ここが引き締まるのは間違いないだろうけどね」
最後にそんな事をジェシーさんと話しながら、色々な意味でインパクトのあるメレンさんとの出会いは終わったのだった。
◇◆◇◆◇◆
鋼鉄秩序系有能メガネ美人副官はお好きですか? という訳で属性盛り盛りのメレンさんです。
ちなみにピーターとの相性は悪くないのですが、アズキとジェシーに対してはそれぞれ別の理由で少し悪かったりします。
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