閑話 ある新米幹部の優雅な一日 その二


 午前十時。


 さて。スタートから盛大に躓いたピーターだったが、一日はまだ始まったばかり。


 気を取り直して今日も今日とて、悪の組織の業務に移るのだ。といっても、



「隊長! おはようございます! 早速ですが目を通してほしい書類です」

「おはよう。そこに置いといてくれ」

「失礼します隊長。昨日の本部からの物資補充の件ですが」

「ああ。それならここにリストをまとめておいたから、兵器課の方に持って行ってくれ。この前の戦闘で割と装備を消費したからな。これで向こうも一安心だろう」

「隊長っ! 食堂より緊急連絡っ! ネル様が食いまくった結果、甘味の在庫が心許ないとのこと。この調子では今日の夜中の入荷分までに全甘味が品切れの可能性もあるとっ!?」

「ネルさんどんだけ食ったんだよっ!? ……仕方ない。購買に在庫を少し分けてもらおう。菓子や果物をアレンジすれば、今日限定メニューとかで誤魔化せるかもしれない。それで入荷分まで保たそう」



 この通り。書類整理や各部門の橋渡しが主な業務だったりする。


 ピーターの執務室にはこうして次から次へとひっきりなしに業務が舞い込み、一つ一つ捌いていくのも一苦労。それというのも、である。


「隊長っ!? やはり今のままじゃ手が回りませんよっ!? 早い所メレン副隊長に帰ってきてもらった方が良いんじゃないっすか? 副隊長ならこのくらいパパっと」

「ダメだ。散々ごねてやっと本部での定期検査をおとなしく受ける事を承諾させたんだぞ。メレンにはきっちり休んでもらう」

「……ま、そりゃそうですよね。あの人下手すると年一どころか数年単位で検査をサボるから」


 一緒に書類を整理している職員の提案を、ピーターはばっさりと却下しながら以前の事を思い出す。




『私の健康管理は万全です。毎日自分での簡易検査及び、月一で肉体の調整も済ませているのに、本部の検査など必要ありません。……いえ、職員としての義務なのは理解できますが、それなら形式的な物を一日受けるだけで問題ありません。何故長期検査になるのですか? それよりも私もそちらに居た方がより効率的に任務が』

『良いから良いからっ! そんでついでに一月ぐらいゆっくり身体を休めなさいってのっ!? 有給が溜まり溜まってこっちにまで苦情が来てるんだからさっ!』

『……むぅ。仕方ありません。ですが定期的にこちらへ状況の連絡をお願いします。何かあれば昼間でも夜中でも躊躇うことなく連絡を。その時は検査など即座に中断してすぐに』

『だから早く行けっ!』




「それに、どうせもう数日で検査が終わって戻ってくるんだ。ボクとしては今の状況をメレンが見たらどうなるか怖いぞ」


(支部での悪心との戦闘に加え、魔法少女の現地協力者。そして、極めつけが……だよ)


 普段ネルさんは辺境の第9支部勤め。たまたま本部に来る用でもない限り顔を合わせる事はない。しかし丁度今はこちらに滞在中だ。


 とある事情で非常に複雑な関係の二人がばったり出くわした時の事を想像し、ピーターは仕事量の多さとはまた別の心労に頭を抑える。


「はぁ。……仕事するか」

「そうですね」


 とりあえず先の事は置いといて、今は目の前の仕事を片付けよう。


 ピーターと職員達は、現実逃避するように目の前の書類に向き合った。





 午後二時。


 パサッ。パサッ。


 カリカリ。カリカリ。


 ポンっ。ポンっ。


 書類が擦れる音。ペンを走らせる音。そして、確認の印鑑を押す音。


 それらに加えて時計の針が時を刻む音と、職員達の微かな息遣いの音だけが部屋に響く事しばらく。



「う~んっ! ……ちょっと出てくる」

「「「逃げるな隊長っ!!!」」」



 さりげなく背伸びしつつ部屋の外に向かおうとするピーターに対し、大量の書類を前に奮戦している職員達の怒声が飛ぶ。だが、


「に、逃げるんじゃないさ。これは……そう。視察だ! たまには抜き打ちで施設内を見て回って、サボっている職員が居ないか確認しようという。……という訳でここは任せたっ!」

「おのれ隊長っ! 言い訳ばかり巧みだな! 早く帰ってこいよっ!」

「アンタが現在進行形でサボタージュしようとしてんでしょうがっ! 帰りに購買でコーヒー買ってきて!」

「こっちはエナドリでお願いしますっ! もち隊長のオゴリでっ!」

「分かってる。ちゃんと買ってくるからしばらく頼むぞ!」


 職員達の怨嗟の混じった要望を背に受けながら、ピーターは慌てて部屋を出た。





 さて、こうして逃げるように視察に出たピーターだったが、最初に向かったのは購買。


 職員に頼まれたコーヒーやらを最初に買いに行く時点で人の良さが出ているが、それとは別にカゴに放り込んでいたのは、


「……はい。お代は確かに。しかし珍しいですね。隊長普段は自炊か、時々食堂で食べるくらいでしょ? こんなに色々出来合いの品を買いこんでどうするんです?」

「ああ。今日は夜にちょっと自室で用事があってね。自炊する暇もないし、たまにはこういうのも良いかなって。ああそれと食堂へ分けてもらう甘味の件だけど」


 そうして会計を済ませ、軽く業務上の連絡をして購買を出るピーター。


(このまま戻っても良いけど……一応適当な理由付けだったとはいえ視察もしておくか)


 そう考えたピーターは、ビニール袋片手にあちらこちらを見て回る事にした。……のだが、



「あっ!? どうも隊長!」

「隊長! お疲れ様です!」

「ああ。お疲れ様」



 通路で職員達にすれ違う度、毎回挨拶されるのは形式的な物か、或いはその人柄ゆえか。


 まあ挨拶される度、鷹揚にだが律儀に返していく姿を見れば明らかに後者だろう。ただ、


「……では、ボクは用があるので失礼する。そちらも職務に戻って今日も励めよ。じゃあな」

「はい。お気をつけて! ……う~む。何とか威厳を出そうと頑張っているのは分かるんだが」

「言葉遣いも偉ぶろうとはしてるんだけど、いかんせん素がアレなのは知ってるしなぁ。いざっていう時には頼りになるのに惜しい」


 ピーターが去った後で、あるだった職員達がそんな評価を話し合う。


 実力に対する敬意もある。行動に伴う好意もある。積み重ねた実績から上司として仰ぐのもやぶさかではない。


 しかしそれはそれとして、幹部になる前からのネルとのあれこれや第9支部での諸々を知っている職員からすれば、少々微笑ましくも心配な上司だったりする。





 そんなこんなであちらこちら見て回ったピーターだったが、


(……うん。平和だ)


 視察内容にはそれなりに満足していた。


 多少サボっている職員は居たものの、それも精々こっそり職務中に煙草を一服するとか、懐に忍ばせた酒を一口呷るといった程度。


 悪の組織としては可愛いものだし、職務に影響が出るほどでもない。軽く注意はしたし、目に余るようであればしかるべき場所に報告する事になるが、あまりガチガチの規則にすると管理する方も大変なのだとピーターは判断していた。それに、



『まあサボりもほどほどにな。やり過ぎるようであればメレンが帰ってきた時チクる事になるが』



 半分冗談交じりにそう言うと、顔を真っ青にしてすぐ職務に戻る職員ばかりだったのも、ぎりぎりお目こぼしする理由の一つでもあったが。


(え~っと。兵器課は行ったし、擬装用工場の修復作業も確認した。医務室ではジェシーが堂々と昼寝してサボってたからはたき起こしたし後は……んっ!?)


 そう考え事をしながら歩いていたピーターは、ふと気づくと訓練室の前を通りかかっていた。


 先ほどネルに散々付き合わされた手前、今更ここを見る事もないだろう。そう考えてスッと通り過ぎようとした所、



『グルアアアっ!』



 中から微かに聞こえた獣の叫びに、どこか既視感を覚えて立ち止まる。


(今の……この前戦った野犬型悪心の吠え声に似ているな。しかしまだシミュレーションで野犬型は出来ていなかった筈だけど?)


 気になったピーターは、扉をそっと開けて中を覗き込む。そこで見たのは、



「はあああっ!」



 何故かアズキが、野犬型らしき悪心を斬り捨てている瞬間だった。





 ◇◆◇◆◇◆


 この通り、ピーターの支部内での評価は割と上々です。まあ本人としてはもっと幹部らしく威厳が欲しいとは思っていそうですが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る