閑話 ある新米幹部の優雅な一日 その三


「はあああっ!」


 飛び掛かってくる野犬型らしき悪心を、アズキは気合一閃斬り捨てる。


 その姿は彼女用に特注したリーチャーの制服で、振るっているのは彼女が変身した時に出す長剣職員の戦闘訓練用の武器の一つ。


 実際に戦闘で使う物に比べれば大分質の劣るそれだが、アズキは剣に邪因子を伝導させる事でカバー。


 十頭ほどに囲まれている窮地だというのに、飛び掛かられる度にくるりくるりと踊る様なステップで身を翻し、剣を振るう度に一匹ずつ着実に数を減らしていく。そして、


「これで……最後っ!」


 最後の一頭を脳天から両断しそのまま残心。周囲にもう敵が残っていない事を確認し、ふぅと大きく息を吐いて構えを解く。



 ……



「どうだっただろうか? さっき戦ってみて何か気づいた事があれば遠慮なく言ってほしい」

「そうですね……あくまで体感なんですが、前実際に戦った野犬型はもう少し連携が取れていた感じがします。あと飛び掛かり方も一定じゃなくてもっと……個体差があったというか」

「ふむ。俗に言うという奴だね。まだ改良点は多そうだ」

「しかし助かるぜ。おかげで悪心のデータの精度が大分上がった。これならシミュレーションで実際に使用できそうだ」


 モニターの前では、映像を見ながらアズキと技術者の数名が真剣な顔で話し合っている。


(なんだ。データ取りの一種だったのか)


 ピーターは何事もないようだと軽く安堵の息を吐いた。


 アズキは現在この施設において、現地協力者にして対悪心アドバイザーというポジションに就いている。まだまだリーチャーに悪心の情報が足りない現在、直接これまで戦ってきた魔法少女の意見は非常に貴重だ。


 なので時折技術者と意見を戦わせるのだが、こうした実戦形式でのデータ取りはこれまではなかった。一応声をかけておこうとピーターは部屋に入ろうとして、


「はいは~い。そこまで。そこまでだよっと」

「ジェシーさんっ!」


 議論がヒートアップしてきたのを、ジェシーが横から入ってばっさりと断ち切る。


「アズちゃんは戦って疲れてるんだから今日はここまで。どうせ意見を反映させるのに時間もかかるでしょ? そろそろ休ませなきゃ」

「そうよそうよ!」

「女の子をむさっ苦しい男共と一緒にしないでよっ!」


 話を聞いていたのか、近くで丁度訓練が終わった女性職員達も追随する。


「ワタシならまだ大丈夫ですよ?」

「ダメよ。言ったでしょ? アズちゃんの身体は一応安定してきているけど、それでも無理は厳禁。変身せず邪因子の活性化のみとは言え、まだまだ聖石と邪因子の関係には謎が多いんだから」


 ジェシーが担当医命令だよっと笑って言うと、アズキも強くは返せない。技術者達もその辺りは理解しているようで、口々にアズキに礼を言って離れて行った。


「まったく技術畑の人はこれだから。一度熱が入ると諸々お構いなしなんだからもぅ。さあアズちゃんは座って。少し息を整えたら軽く検査しましょうね」

「そうよねぇ。あっ! アズキちゃん動き回ったばかりで喉渇いてない? 私のお茶飲む? まだ蓋も空けてない奴」

「あ……はい。頂きます!」


 ジェシー含む女性職員達の勢いに押され、アズキは椅子に座らされて甲斐甲斐しく世話をされる。


(何やってんだよアイツら。まあ仲が良いのは結構だけど)


 アズキの職員からの評判は一部を除いて上々。特に女性職員からは大半から気に入られ、こうして世話を焼かれたり雑談する事もしばしばだ。


 悪の組織の職員が絆され過ぎじゃないかと嘆くべきか、単純に関係性が良い事を喜ぶべきか。ピーターはそんな事を少々悩みながらも、ここはもう大丈夫だろうとそっと部屋から離れようとして、



「そういえばさぁ。アズちゃんってウチの隊長についてどう思ってんの?」



 ジェシーがなんとなしに自分の事を話題にした事によりその足を止めた。そしてその一瞬で、周囲の職員の雰囲気がほんの僅かに変化する。


 悪意や敵意ではないが、好奇心とか興味とかそういった類のものに。


「どうって……その、良い人だと思います。なんというか……頼りになる大人というか」

「あ~うん。頼りになる。そうね。いざって時にはホントに頼りになるんだよね隊長。特に子供とか守るべき人の前とかだと」

「はいっ! それに、凄く気遣いが出来る人なんです。ワタシの事も気にかけてくれて」


 そうやってピーターの事を語るアズキの顔は、とても明るいものだった。それは普段のどこか張りつめた刃のようなものではなく、大切な親友コムギと話す時のような年相応のもので。


 それを見てどこかほっこりするジェシーだが、それはそれとして、


「で……実際の所どうなの? ?」

「すっ!? そ、それは……はい。人間的に尊敬できる人だと思います」

「う~ん。そういうライクじゃなくてラァブの方面が聞きたいんだけどなぁ」


 そう巻き舌気味に発音するジェシーの瞳はどこかキラッキラとしていた。あと周囲の職員達も。


「ラブって……えっと……そのぉ」


 アズキは目をぱちぱちと瞬かせ、口をもごもごとさせて何と言おうか考え込む。しかしその仕草に周囲のテンションが一気に跳ね上がった。


「おっ。おっ! その反応初々しいなぁ。そうよねぇ。自分でも親愛なのか愛情なのかどっちかイマイチ分からないふわっふわな感覚。こればっかりは大人になればなるほど味わえなくなっていくのよね」

「だけど隊長かぁ。なんだかんだ隊長優良物件だからモテるんだよね。あたしの知り合いにも狙っている人居るし」

「そりゃあ顔もそこそこ整ってるし、幹部だから給料高いし、実力もあって仕事もできるしさ。性格は普段はちょっぴりヘタレだけどそれを差し引いてもアリだよね」

「いやいや。そのヘタレた所に母性本能がくすぐられるんでしょ? それにいざって時キリッとしたギャップがまた」


 恋バナに発展したと見るや、女性職員達があれやこれやとアズキを置いてきぼりにして持論を展開していく。


「でも隊長が好きなのはメレン副隊長でしょ? なんせ幹部になる前からの副官だし、副隊長からの矢印は明らかに隊長に向いてるでしょ」

「それを言ったらネル様じゃない? ちょっと隊長からしたら仲の良い友人って関係性が強めだけど、相手側は案外に想っているっぽいし」

「いいや。あたしは隊長が月一ぐらいで逢いに行っている“先生”さんを推すわ。戦い方なんかを定期的に教わっているって話だけど、ぜ~ったいそれだけの関係じゃないって」


 それを聞くアズキは少し顔を赤らめているのだが、会話を聞き逃さないよう耳をそばだてている。


 一度火が付いた議論はこのまま延々と続くかと思われたが、



「随分と楽しそうだなお前達」

「あっ!? ピーターさんっ!」

「げぇっ!? 隊長っ!?」



 話題の本人がたまらずやってきたとあっては止まらざるを得なかった。それもジト目で職員達を睨んでいるとあって尚更だ。


「あはは……え~っと。どこから聞いてたり?」

「ボクが優良物件だとか、誰が好きとか、色々話してる暇があったらさっさと各自仕事に戻れっ!」

「「「は~い!!!」」」


 ピーターの一喝に、ジェシーとアズキを残して女性職員達は蜘蛛の子を散らすように去っていく。去り際にまたねとかじゃあねとか笑いながらアズキに言い残して。


「まったく。ジェシーも悪ノリし過ぎだ。メンタルケアに雑談が効果的なのは分かるけど、無理は厳禁と言ったその口で余計に疲れさすんじゃない」

「ゴメンゴメン。予想より周りがヒートアップしちゃって止める流れを作りづらくなっちゃったんだよ。というかそこから聞いてたの? なら早めに入ってくれば良かったのに。その方がアズちゃんだって喜……どしたのアズちゃん?」


 ふとジェシーが見ると、アズキは僅かにピーターから目を逸らしていた。そして、



「……何人も恋人さんがいるなんて、ピーターさんってプレイボーイって人だったんですね。そういうのは個人の自由だと思ってはいるんですけど、何か……モヤッとします」



 どこか拗ねたような態度でそうポツリと漏らしたのを見て、ピーターは何がどうしてそうなったと顔を押さえる。


 そしてそれを見てジェシーはニマニマと口を押さえて笑っていた。





 ◇◆◇◆◇◆


 という訳で、大分ここに馴染んできたアズキです。精神状態もピーターやジェシーの尽力により、普通に魔法少女として活躍していた頃くらいまで回復しつつあります。ただ女性職員の勢いには毎回押されっぱなしです。


 ちなみにアズキからピーターへの感情は、作中でも言われた通り自分でもイマイチ良く分かっていないふわっふわの状態です。コムギへのものとは似て非なるものだったりします。


 ピーターからは分かりやすく庇護対象なんですけどねぇ。

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