閑話 ある新米幹部の優雅な一日 その四


「だから、ボクはプレイボーイとかじゃないんだってっ!?」

「知りませんっ!」


 女性職員達による風評被害をどうにか否定しようとするピーターだったが、アズキは自分でも良く分からないモヤモヤとした感覚のまま拗ねてそっぽを向いていた。


(……どうしてだろう? 別にピーターさんがそういう人だったとしてもワタシに咎める筋合いなんてないのに、頭では割り切れるのに、なんとなく。これも邪因子の影響……なのかな?)


 アズキ自身自分がそんな態度を取ってしまう事に驚いていた。魔法少女として活動していた時は、自分は割とドライな方だと自覚していたからだ。


 同じ魔法少女に絡まれようとさらりと流せたし、大人相手の対応も同年代に比べれば慣れていると言っても良い。少なくとも大切な相方であるコムギとは比較にならないレベルだ。


 なのにここ最近この施設内で、特にピーターの前だとこうして少しだけ我儘になってしまう。自分を普段より曝け出してしまう。まるでコムギと二人っきりで居る時みたいに。


「二人共落ち着いて。ところで隊長はどうしてここへ? 今日は執務室で山のような書類と格闘するとかって話じゃ?」

「いや元はと言えばお前のせいだろっ!? ……ちょっと抜き打ちの視察って名目で、休憩がてら買い出しの帰りだよ」


 ニヤニヤ笑うジェシーに突っ込みを入れながら、ピーターは片手に持つビニール袋を持ち上げてみせる。中に詰め込まれた大量のコーヒーやエナドリ等を見て、なるほどと納得した様子のジェシー。


「……はぁ。分かった。プレイボーイだのなんだのという話題はいったん置いておこう。それはそれとして……ほらっ!」

「これ……良いんですか? ありがとうございます」


 ピーターが袋の中から急に手渡してきた缶ジュースと一口サイズのチョコレートに、アズキは目を白黒させながら礼を言う。


「ああ。どうせ余裕を持って多めに買っておいたからね。もう聞いたかもしれないけど、邪因子の活性化はそれだけで割とカロリーを消費する。慣れない人は時折倒れたりする場合もあるので、こうして水分と栄養の両方を摂っておく必要があるんだ。……もっとも、ジェシーが居るならそこまで心配する事はないだろうけど」

「まあね。非常用の携帯食なら常備してるし……あっ! あたしも一つね!」

「お前は自分のを食べろよ」


 どさくさでチョコレートと缶コーヒーを奪っていくジェシーに、ピーターはすっかり呆れ顔。そのまま自分もコーヒーを取り出して口に含むと、そのまま軽い雑談へと移行する。


 と言っても、専らピーターがアズキに体調やら何やらを聞くぐらいのものだったが。変身して何か不具合はなかったか? ここの職員とは上手くやっているか? そんな他愛のない、ある意味で大切な話を。


 いつの間にか、アズキのモヤモヤとした感覚は引っ込んでいた。これはピーターが相手というのもあるが、横から時折ジェシーが場を和ませていた事も一因だったりする。そして、


「……おっと。しまったもうこんな時間か。そろそろ戻らなくては怒られるな」

「そうねぇ。アズちゃんも休めたみたいだし、こっちも検査の時間かな」


 気が付けばそれなりに時間も経ち、ピーターは慌てて席を立つ。


「ああそうだ! すまないけど今日は私用があってね。夜は緊急の用がない限り自室に籠ることになる。なので今から少し時間を取るけどどうする?」

「そう言えば今日は隊長のあの日だったわね。それに噂のガールズトークタイム? 良いわね良いわねぇ! あたしも混ぜてもらっちゃおうかな!」

「いや混ざるなよっ!?」


 アズキの要望であったコムギへの連絡。それはピーターが時間がある時に立会いの下、三分間という時間制限付きで許可されている。


 これはアズキの複雑な立ち位置やら、連絡を取る相手が相手という事もあり、色々と譲歩やらなにやらがあっての事だったが、


「いえ。昨日話したばかりですから大丈夫。それにお願いしちゃうと……なんだか、甘え過ぎかなって」


 アズキはこう優等生らしい返事をしたが、半分は当然建前だ。本音はというと、



(叶うなら毎日だってお話ししたい。声だけじゃなく顔だって見たいし、その手を取って抱きしめたいっ! でも、今はこれが多分互いの妥協点。ああ。早くある程度実績を積むかお金を稼いで、逢いに行ける準備を整えなきゃ。……待っててねコムギっ!)



 これである。ちゃんと準備を整えようとするだけ(本人曰く)冷静である。


「そうかい? じゃあそろそろ行くよ。検査頑張って」


 そう言ってピーターが手をひらひらとさせて別れようとした時、


「あのっ! さっきは、なんかムキになっちゃって……プレイボーイだなんて言ってすみませんでした。ピーターさんもその……頑張ってくださいっ!」


 背中越しにそんな声が聞こえて、僅かに温かい気持ちになったのは仕方のない事だろう。



「「「遅いぞ隊長っ!!! 仕事しろっ!!!」」」

「悪かったってっ!? ちゃんとコーヒーやら諸々買ってきたから機嫌直してくれっ!?」



 もっとも、そんな気持ちも戻るなり殺気立った職員達の怒声で大分しぼんでしまったのだが。





「そういえば、ピーターさんの用事って何なんでしょうか? ジェシーさんさっきピーターさんのあの日って言っていましたけど、何か知ってるんですか?」

「う~ん。まあね。直で現場を見た事がある訳じゃないし、日程的にそろそろかな~って具合だから絶対でもないんだけどね」


 ふと疑問に思ったアズキが尋ねると、ジェシーはどこかいたずら気味にニヤッと悪っぽく見える表情で笑ってこう返した。




って奴かな」





 午後七時半ばを過ぎた頃。


「お、終わった」

「こちらも……同じく」

「目がショボショボする。誰か目薬持ってるか?」


 どうにかこうにか書類の山を捌き切り、ピーター含め職員達は机に突っ伏し疲労困憊の有り様だった。


 勿論職員達も素人ではなく、ある者は邪因子を活性化させてキータッチの速度を倍加させ、またある者は猿型怪人に変身してその増えた尻尾を使いこなして書類をまとめた。


 しかし邪因子は肉体を活性化させるが、疲労をなくすわけではない。それが肉体的というより精神的な物であれば尚更だ。


「皆ご苦労だった。帰ってゆっくり休んでくれ。片付けはこっちでやっておくから」

「そ、そうさせてもらいます。じゃあまた明日」

「明日は俺非番だからゆっくり寝るんだ。もう泥のように寝てやるからなっ! 泥怪人じゃないけど」


 職員達が一人ずつ挨拶して退出した後、残ったピーターが数分ほど片づけをして自室に戻った時には、


「マズいな。もう後五分しかない。急がないと」


 午後八時五分前。


 の時間が迫っている事に焦りながらも、ピーターは手際よく準備を進めていく。


 扉には“緊急事態以外で呼ぶべからず”という張り紙を張り、覗き見対策に壁には非殺傷侵入者撃退用罠をセット。


 机のパソコンを起動し、予め買い出しの際に用意しておいた飲み物やら食料やらを横に並べる。


(さて。今回は長丁場になっても良いように多めに準備した。出来ればもう少しを増やしたかったけど、ネルさんに大分食われたのが痛かったな……時間だ)


 ピーターはゆったりと椅子に腰かけながら、パソコンに特定のパスワードを打ち込んでとある画面を起動する。


 その四分割された画面には、自分以外にも既に二人の人物が映し出されていた。


『相変わらず時間ピッタリですこと。レディを待たせるなんて気が利かないのではなくて? さん?』

『まあまあそう言わずに。それを言ったら君が早過ぎるというのもあるだろう? 開始三十分前には来ていたそうじゃないか?』

ワタクシ、こういう集まりの前には気が急いてしまう性分でして。特に……遠方の友人達と語らうような時には』


 フフっと可憐に笑う幹部候補生時代の友人達を見て、相変わらずだなとピーターは内心笑みをこぼす。


「時間ピッタリに来たのに責められるってのも理不尽な……まあ良いさ。コホン……では、遅れた身で音頭を取るのもアレだけど、早速始めるとしようか」


 その言葉と共に、ピーター含め全員が手に手に飲み物を持って画面に見せる。そう。



『『「カンパ~イっ!!!」』』



 幹部会飲み会の始まりである。





 ◇◆◇◆◇◆


 という訳で、幹部会とは名ばかりの友人達とのリモート飲み会が始まりました。


 シリアスかと思った? 残念。日常です。ピーターもたまにはハメを外したくなる事もあります。


 それと、四分割した画面という事は当然まだ来ていない人が居るという訳で……まあそういう事です。

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