閑話 ある新米幹部の優雅な一日 その五


 さて。ここでおさらいしておくが、リーチャーでは一言で幹部と言っても序列がある。


 絶対的トップである首領に従う六人の上級幹部。そしてその上級幹部直属の幹部から始まり、本部付き幹部、支部付き幹部等と細かく分かれている。


 支部においては支部長の方が権限は上といった例外はあれど、基本的にピーターのような成りたての者は幹部の中では一番下っ端である。だが、


『ハハハハハ。それで、その買ってきた茶菓子は全部その日の内に食い尽くされてしまったのか?』

「そうなんだよっ!? 折角自腹切って買ってきたのにアイツらと来たら」

『フフフ。それはリーダーさん。アナタの落ち度とというものですわ。邪因子滾る職員達に菓子を渡すなど、飢えた獣の群れに肉を放り込むようなもの。欠片が残れば奇跡と言えましょうね』

「それは……まあそうですけどね。もうちょっと味わって食べれば良いのにまったく」


 少なくともここにおいては、序列云々で下手にへりくだるような者はいなかった。なにせ気心の知れた馴染みな上、リモートとは言え食事の席。公の場ならまだしも、そんな事をする必要はなかった。


 ただし、もし何も知らない職員がこの場を見たら、何かの会合だと勘ぐるレベルのメンバーではあったが。


『まあ、何はともあれ幹部就任おめでとうピーター! 力になれる事があったら何でも言ってくれ。出来うる限り手助けしよう』

「ああ。その時はよろしく! と言ってもアンドリューの事だから、手助けしてもらった後で色々と請求されそうで怖いな」

『間違ってないな。友人であってもそれはそれ。なにせ我らは悪党なのでね』


 アンドリューと呼ばれた穏やかそうな眼鏡の優男が、笑いながら画面の向こうで魚のムニエルを口に運ぶ。


 アンドリュー・ミスラック。通称“悪運主人”のアンドリュー。


 彼は生まれついてだった。


 普段は微妙に運が悪い程度だが、その悪運は彼にとってのにおいてとんでもなく苛烈になる。


 初デートでは最中に高熱を出し、リーチャーの面接直前に入ったトイレの鍵が壊れて遅刻しかける。リーチャーに入ってからも、作戦中予想外のトラブルに見舞われる事等日常茶飯事。


 なんなら飲み会の直前も、急に普段使いのパソコンがフリーズするという有り様だ。


 だがその体質を自覚しているアンドリューは、と考えた。


 熱が出たなら常備する解熱剤を飲んでデートを続行し(結局相手とは別れたが)、トイレは扉を破壊して脱出。面接では非常時の為仕方なかったと予防線を張りつつ素の運動能力をアピールする方向に変更。パソコンも急遽準備していた予備に切り替えた。


 


 降りかかる逆境を乗り越える度アンドリューは実力を伸ばしていき、遂にはこうして幹部……それも本部付きにまで上り詰めた。


 いつしか悪運に振り回されるのではなく、悪運を従者のように利用するその姿からついた異名が“悪運主人”であった。


 そして、もう一人。


ワタクシはもう昇進祝いは贈っていますのよ。使い勝手はどうですの? リーダーさん』

「はい。丁度今使ってますよこの銀食器セット。ただ少々銀食器と焼き鳥は合わないような気が……」

『幹部になったのですから、公式の食事会なども増えますわ。その時に備えてそういう食器にも慣れておきませんと。……焼き鳥は少々予想外でしたが。なんでいつもの料理ではなく出来合いのおつまみなんですの?』


 そう言いながら画面の中で白ワインを優雅に口に含むのは、“禁髪嬢塞”“悪厄麗浄”などの異名を持つ金髪縦ロールの女性ガーベラ・グリーン。


 元は正真正銘貴族の家柄。公爵家の血筋であり、紆余曲折あって王家との婚約を破棄され、リーチャーに入る事となったという変わり種だ。


 生真面目にして破天荒。計算高くも情に厚く、高貴なる者の風格とどこか庶民的で話しやすい雰囲気。様々な相反する性質を奇妙なバランスで併せ持つ、リーチャーでも数少ないの幹部である。


「それと、リーダーさんっていうのはいい加減気恥ずかしいのでそろそろ止めていただけないかと」

『あら。良いじゃありませんのリーダーさんで。もうずっとそう呼んでいる訳ですし今更ですわね』

『それは本当に今更だね。……もうあの試験から何年になるかな?』


 ピーターの困ったような顔を見て、ガーベラはコロコロと笑い、アンドリューは昔を懐かしむようにブランデーの水割りを飲みながら遠い眼をする。


 かつて、幹部候補生達がしのぎを削った昇進試験。数百という候補生が挑む中、合格者は毎回僅か数名。或いは出ない回もあるという難関。


 その内の一つで、ここに居る全員が同時に初めて受験した回があった。その時のチーム分けが元で、ガーベラはずっとピーターの事をリーダーと呼んでいる。そして、


『……にしても、ったらやっぱり来ないのですね』


 飲み会が大分盛り上がった頃、ガーベラは微かに赤みが差した顔を少々つまらなさそうにして言う。


 その視線が向かうのは、パソコン画面の空白の四分割目。毎回リモート飲み会を企画してもやってこない、当時ピーターとガーベラの三人で組んだチームの最後の一人。


「毎回伝えてはいるんですけどねぇ。今回は『食事はともかく酒臭いのはあたしゴメンだから』って断られました」

『相変わらずだなあの暴君は。と言っても、この場では居ない方が好都合であるとも言えるがね。……何やらがあるのだろう? ピーター』

「ハハハ……まあ、そんな所かな。ガーベラさんも少々よろしいですか?」


 少しだけ真面目な声色に代わったピーターのその言葉に、ガーベラとアンドリューの表情もまた引き締まる。


 そう。いかに飲み会だろうと、幹部会の体裁を取っている以上ここは話し合いの場である。


 しかもここに居る者は、全員が全員分野は違えど真っ向勝負とは別に搦め手も得意とする者達。即座に友人としてではなく駆け引き上手の同僚として対応するべく頭を切り替え、



 コンコンコンっ!



「……んっ!?」


 切り替えようとした時、突如ピーターの部屋の扉がノックされた。


「何だこんな時に。急用か? ……失礼。少し席を外しますよ」


 ピーターは出鼻を挫かれた事に憤慨しながら、席を立って扉の前に歩いていく。


 トントン……ドンドンドンっ!


「いやうるさいな!? 今出るよ! それにそんなに強く叩くと覗き見防止用の防犯罠が」


 キリキリキリ……シュパッ!


「あ~。言わないこっちゃない」


 入口の壁に仕掛けられていた非殺傷型ネットランチャーが作動した音を聞き、ピーターは扉の外で誰かがグルグル巻きになっている事態を想像する。


 元々暴走した職員を鎮圧するために作られたネットランチャーであるため、一般職員では初見で防ぐのは難しい。おまけに無闇に暴れると追加で電撃が流れる仕組みもある。


「暴れるなよ。今扉を開」


 扉を開けようとした瞬間、扉の外から感じた非常に覚えのある邪因子にピーターは素早く危険を察知して回れ右。ダッシュで扉から離れたすぐ後に、扉が壊れんばかりの勢いで外から開かれる。


 そこに立っていた者こそ、この飲み会の最後の参加者。


「あたしに罠を仕掛けるなんて良い度胸ねピーターっ! こんな程度で止められると思っていたの? だとしたらすっごい腹立つんだけどっ!」

「げぇっ!? ネ、ネルさんっ!?」



 そう。遅れてやってきた小さな暴君ネルである。





 ◇◆◇◆◇◆


 ちょっと悪党の本分に基づき悪だくみをしようとしたピーターでしたが、哀れ暴君の乱入です。いつになったら優雅な一時を過ごせるのやら。


 なお、この飲み会のメンバーは皆別作品『悪の組織の雑用係 悪いなクソガキ。忙しくて分からせている暇はねぇ』にて登場しています。気になった読者様はそちらをどうぞ。

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