接続話 ある少女の悩み


「すぅ~……ふぅ」


 私は心を落ち着かせて大きく深呼吸する。一度、二度と続ける度に、身体に活力が漲っていく。


『準備は良い?』

「はい。問題ありません」


 言葉少なに腕に着けたタメールから聞こえてくるジェシーさんの声に、ワタシは軽く頷いた。


『少しでも計器が異常を感知したらすぐにストップをかけるからね。それじゃあ……始めて』


 ジェシーさんの合図と共に、ワタシはタメールの邪因子投与ボタンを押す。


 そう。これは、



「……変身」



 悪に堕ちたワタシ魔法少女の実戦テストだ。





 コムギとの約束から今日で二週間。ワタシはこのリーチャー支部に居候していた。


 そう。だ。


 外部協力者という体で部屋を与えられているし、食事や給料も出ている。だけど実際にやっている事と言えば、定期検査や悪心に対しての所感を述べることくらい。


 魔法少女として活動していた時に比べれば、自由に外を出歩けない事を差し引いても労力的には圧倒的に楽だ。というより、ほとんど何もしていないようなものなのに貰い過ぎではないかと思うほどに。


 一度ピーターさんにそう尋ねた所、


「貰い過ぎ? いやいや。未来ある少女を家族や友達から引き離して、無理やり悪に引きずり込んだようなものだよこっちは。それに君は貴重な人材だ。給料はあまり多くないが、衣食住は正規待遇で迎えるとも」


 と甘々な対応をされてしまった。身体が鈍らないよう簡単なトレーニングや自主勉強は毎日欠かしていないけれど、それでもやはり何かしていないと不安になる。


 それに最終的な目的としては、お金を貯めて本部の邪因子除去手術を受けて穏便に組織を抜けるという事。その為にも、



「はああああっ!」



 ザンっ!


 ワタシはシミュレーションではない、本物の悪心を斬り捨てていた。


 ここしばらく悪心の発生率は落ち着いている。しかし落ち着いているだけで、当然だけど居なくなった訳じゃない。


 なのでこの施設の近く。放っておくとこちらに被害が出そうで尚且つワタシの事を隠蔽できる場所に出た時のみ、許可を貰って実戦テストの名目で迎撃に出させてもらっている。


 これにより多少給料に色が付き、町の復興の手助けにもなり、巡り巡ってコムギの安全にも繋がる。


 まだ先は長く、進むペースは速くはない。でも今出来る事と言ったらこれくらいだ。地道にやっていくしかない。


「…………ふぅ」


 付近に悪心反応が無くなった事を確信し、大きく息を吐いて残心を解く。とは言っても念のため、戻るまでは変身状態を維持したままだけど。


『お疲れ様~。計器に異常なし。実戦テストはこれにて終了よ。他の魔法少女が気付いてやってくる前に急いでそこから移動してね』

「はい。すぐに帰ります」


 ジェシーさんにワタシはそう返してすぐ、困った事に気が付いて頬を掻く。


(……そうか。ワタシ、あそこをいつの間にかだと思ってたんだ)


 ワタシは軽く顔を振って意識を切り替えると、そのまま支部へと帰還した。





 その日の夜。


『……それでね。ミッちゃんったら酷いんだよ!? 『何だその腰の入っていない剣捌きは? お前はわざわざ近づくんじゃなくて、遠くからデカいのを要所要所で決めてりゃいいんだ』だってさ。火野さんは『自分から危険に飛び込むのはお勧めしないけど、最低限近接も出来るようになるのは有りじゃない?』ってフェローしてくれたけどさ』

「それはワタシも同意見ね。コムギの適性はどう考えても中遠距離向け。やはり長所を伸ばすのが無難でしょうね」

『そんな~。アズキちゃんまで。あたしだって頑張って訓練すれば剣も扱えるようになるもんっ!』


 電話口のコムギが頬を膨らませたのが目に見えるようで、ワタシはつい顔が綻ぶ。


 そう。以前お願いしたコムギへの連絡は、こうしてピーターさんの部屋で立会いの下一日三分間まで許可されるようになった。こうして願いを汲んでくれた事には感謝してもし足りない。


 と言っても、専ら話すのはコムギで聞くのはワタシだ。流石にこちらの事を大っぴらに話す訳にもいかないし、話すにしても当たり障りのない日常の事程度に留めている。


 だけどこうして連絡を頼むようになった初めの頃に比べて、コムギは随分と明るくなった。……と言うより、聞く所によるとワタシが居なくなった事で大分精神的に参っていたらしい。


 それを聞いた時、微かに昏い喜びを感じたのは邪因子によるものか、それともワタシ個人の感性によるものか。気づいた瞬間自分への嫌悪感でちょっぴり吐き気がしたけど、上手く誤魔化せたと思う。


 最近ではどうやら、他の魔法少女のチームに一時的な編入という扱いで活動しているらしい。そのチームとは以前合同で動いた事もあるし、腕も人格もそれなりに信用が置ける。これなら万が一の事態があってもコムギは安全だ。


 これは一からチームを再結成するよりやりやすいだろうというオペレーター平岡さんの判断だろう。


 以前コムギに正式にそちらに加入しても良いのよと冗談めかして言った事があるが、


『えっ!? だってアズキちゃんがその内戻ってくるんでしょ? ならやっぱり一時的で良いよ。


 そう言ってもらえた事がどれだけ嬉しかった事か。


 そうこうしていると、視界の端でピーターさんが軽く咳払いをして机に置いてあるタイマーを指差す。いつもいつも、まるで数十秒しか経っていないみたいに時間は早く過ぎる。


「……そろそろ時間みたい。次もまた近い内に連絡するから」

『うん。分かった。今日もあたしばっかり喋っちゃってごめんね』

「良いのよ。コムギとこうして話せるだけで、ワタシはとても嬉しいんだから」


 こうして、名残惜しいけど会話を打ち切ろうとした時、



『ねぇアズキちゃん。……?』



 コムギのその言葉に、ワタシの呼吸が一瞬止まる。そしてそのまま少しの間沈黙が流れ、


「……どうして」

『そりゃ分かるよ。友達だから。……って言っても確信を持ったのは今なんだけどね!』


 そうアハハと軽やかに笑うコムギに、ワタシは動揺を隠せない。ちらりとピーターさんの方を見ると、何も言わずに机の前に腰かけたままだ。


 それは自分は何も聞かないという意思表示。そしてさりげなくタイマーをストップさせている所に、本当に気づかいを感じる。でも、


「……そうね。ちょっと悩んでるの。でも大丈夫だから。安心して」

『そう? ……じゃあ今回はあたしばかり話しちゃったから、次回はアズキちゃんの番だからね! あたしじゃちょっと頼りないかもだけどさ、話せると思ったらど~んとお悩み相談してよ! じゃあね!』


 その言葉を最後に、今日の通信は終了した。





「良かったのかい? どうしても二人で話したい事があったのなら、僕も一分までなら席を外しても良かったが」

「はい。……こうやって毎回ご厚意に甘えていたら、多分そのままずるずると行ってしまうと思うから」


 心配そうに尋ねてくるピーターさんに、ワタシは軽く笑ってそう返した。


 そう。コムギに見抜かれたように、ワタシには悩み……怖い事がある。


 ここまでピーターさんの厚意に甘え続けて、いつの間にかここがワタシにとっての帰る場所になっていって、コムギの下に帰れなくなる事が、帰りたくなくなる事が……



 。それが何より怖い。



 あの子にはワタシ以外にも友達が居る。家族が居る。大切な人達が、守るべき人達が居る。


 その何もかもを捨てさせて、いつかワタシがコムギを攫ってしまいたくなるかもしれない。悪の道に、誘い込みたくなるかもしれない。


 ここに長く居続けたら、全てに甘え続けて自分を律する事が出来なくなれば、いつかはそうなってしまうかもしれない。


 それが、何よりもワタシは怖い。悩ましい。……だから、


「今日はありがとうございました。ワタシ、これまで以上に精いっぱい働きますから、何かありましたらどんどん言いつけてもらえれば」

「……ああ。そうだね。何か適当な仕事が有ったら頼むとしようかな。じゃあお休み」


 少し複雑そうな顔をするピーターさんに一礼し、ワタシは与えられた自室へと戻る事にした。





 もう少しだけ待っていてねコムギ。必ず帰るから。





 ◇◆◇◆◇◆


 悲報! アズキちゃん。誘惑される側ではなくする側になりつつある。やっぱり悪の魔法少女と来たら連鎖堕ちがお約束ですよね!


 なお本当に本気で、アズキが心底コムギにワタシと一緒に来てほしいと懇願した場合、割と半々の確率でコムギは堕ちます。親友をほっとけないからね!


 ただし残る半分の確率で交渉決裂。アズキが邪因子無視からの強制光堕ちさせられます。どっちにしても二人は一緒だね!





 この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。


 フォロー、評価、感想は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!

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