第6話 雨ですねえ(上)
『日菜子ちゃん、今日は上司の付き合いで外食しなければいけなくなったわ。』
雨季さんから連絡が入っていた。
「外食かぁ。私も久しぶりに外で…。」
一人暮らしをしていたころは、食事を作るのも面倒で、仕事終わりに一人で牛丼屋に入ったりしていたものだ。そう考えると私の単純な口は牛丼を求めてしまっているわけで。
「よし、今日は仕事終わったら牛丼食べに行こう!」
トントン、と書類をまとめてグッとガッツポーズを決めるのだった。
隣の席の怜奈はそれを見る。
「何かいいことでもあった?」
「いや、今日の夕飯は牛丼にしようと思って。」
「何だ。そんなことね。」
「そんなこととは失礼な!最近ご無沙汰だったから久しぶりにあの味を味わいたくなったの!」
「なんていうか、日菜子のそういうところ私は嫌いじゃないよ。」
「何?あ、もしかして『安上がりな女だな』なんて思った?ねえ、そうでしょう?」
「違うって。ほら、早く仕事片付けないと上がれないよ。まあ、牛丼屋は24時間だからどれだけ残業しても大丈夫でしょうけど。」
「それ言わないでー!」
怜奈との会話を楽しみつつも、仕事を早く終わらせようと私は手を動かすのだった。
「というわけで来ちゃったよ牛丼屋。」
久しぶりのチェーン店に胸を躍らせながら私は食券を買う。そうそう、残業後にここにきて一人でサクっと食べて家に帰って爆睡をしていたなぁ。それを思えば今の生活って本当に健康そのもので。肌艶もいいし、そこは雨季さんに感謝だなあ。
ぺろりと平らげて「ふう」と一息ついて携帯を開けば、天気予報のニュースが入っていた。
「えー…今から雨かぁ。本降りになる前に帰ろう。」
荷物を持って店を出ればパラパラと雨が降り始めていた。
「おー小雨。駅まで走ればそんなに濡れないかな。」
一歩踏み出したところでふと足を止める。
そういえば雨季さんって今日傘持って行ってたかな?いや、完璧人間だから傘の準備くらいしてるか。でもなんか今日の連絡からすると、急に食事に行かなきゃいけなくなったみたいな感じだったよね。
雨が降る前に帰宅予定だったから傘を持っていないという可能性も。
うーん、と腕を組んで考える。
雨季さんにはお世話になっている。風邪をひかせるわけにはいかない。
私はそのまま駅前のコンビニに立ち寄って傘を買った。
……一応雨季さんが傘を持っている可能性も考えて一本だけね。
コンビニから出たところで気づく。そういえば私、雨季さんが何処で外食しているのか聞いてない。
そうだ、連絡…連絡して見よう。
携帯を開いて文章を打ち込む。
『雨季さん、今どこですか?雨が降って来たので迎えにいきますよ。』
送信、とした瞬間にすぐに返信が来た。
場所は…ここから電車で二駅の繁華街…。場所の説明の下に添えられていた文章。
『一人で帰れるから大丈夫よ。先に帰っていて。傘もあるから。』
あちゃーやっぱり傘持っていたか。
額に手を当てる私。まあ、でもせっかく買ったし、いつも雨季さんには驚かされている。……そうだ!ここは私がこっそり迎えに行って驚かせてやろう。
そう考えると何だか少しワクワクしてきた。
『分かりました、では先に帰宅しますね。』
それだけ送信して私は繁華街に向かった。
別部署の先輩×社会人二年目社員【社会人百合】 茶葉まこと @to_371
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