別部署の先輩×社会人二年目社員【社会人百合】
茶葉まこと
第1話 それは脅迫では!?
「はあああああ終わらない。何なの部長!見てこの仕事量!おかしくない?おかしいよね?私ここの部署配属されてやっと一年たったところなんですけど。
「聞いてる聞いてる。でも嘆くよりも手を動かした方が早く帰れるわよ。」
「そりゃそうですけど。」
目の前に山積みにされたファイルの山。これ全部今日中に片付けろとか鬼なのかな?そんな部長はさっさとどこかへ行ったし。何がランチタイムだよ!こちとらコンビニのパンをかじりながら仕事してるのに。同期の怜奈と並んでパソコンとにらめっこを初めてもう何時間経っただろうか。
栄養ドリンクを一気飲みしながら、脳内フル稼働してキーボードを打ち込む。力が入りすぎてそろそろキーボードを壊してしまいそうだ。いっそ壊して仕事できない状態にしてやろうか。
「くっそ、いっそのこと部長の弱みでも握れば脅して仕事量減らしてやるのに…。」
「弱みねえ。そういえば、隣の部署の竹中さんって知ってる?」
「竹中さん?誰それ。」
「すっごい情報通らしくてさ、うちの会社なんかより情報屋した方がいいんじゃないってくらい何でも知ってるらしいよ。部長の弱み知ってるんじゃない?」
「何それすごい。ちょっと会ってこようかな。」
竹中さん、うん。覚えた。竹中さんね。
「ちょっと行ってくるわ。」
「え、ちょっとまって、
「行ってきまーす。ついでに怜奈に珈琲の差し入れ買ってきまーす。」
「日菜子―!」
勢いよく出てきた私。さて、隣の部署って言ってたよね。息を整えて、ノックをして扉を開く。
「失礼します!」
丁度お昼時なのもあって、そこには一人しかいなかった。髪をポニーテールにして、綺麗な髪飾りをつけている人。彼女は私を見るとキーボードを打ち込む手を止めてにっこり笑った。なんて人懐っこい笑みなんだろう!なんていうか優しそう。
「こんにちは。どうしたのかしら?」
「あの、竹中さんっていらっしゃいますか?」
「竹中は私よ。
「たけなか…うきさん。」
「そう。気軽に雨季で構わないわよ。
「どうして名前…。」
「社員の事は大体把握してるの。で、わざわざ隣の部署から来て、私に用があるってことは何か聞きたいことがあるのかしら?」
雨季さんは再びにっこり笑みを浮かべた。
「そう!それです。実は同期に雨季さんは情報通だって聞いて。」
それから私は部長が仕事を増やしすぎなので弱みを握りたくて雨季さんを訪ねたことを説明した。雨季さんはふーん、と楽しそうに聞いていた。
「そこの部署の部長の弱みねえ…。弱みになるか分からないけれど、知ってることはいろいろとあるわ。」
「本当ですか!是非教えてください!」
「タダで、というわけには行かないかなー。」
「何でもします!それで私の仕事量がマシになるならもう何でもします!パシリでも何でも言いつけてください!」
「何でも?」
雨季さんはクスッと笑った。
「じゃあ、私と付き合ってくれる?」
「それは、えっと買い物に付き合うとかご飯に付き合うとか、そういった内容でしょうか?」
「んーん。違う。」
雨季さんは席から立ち上がった。ふわりとフレアスカートが揺れる。そして片手は私の腕を掴んで引き、耳元で囁いた。
サラサラのポニーテールが揺れる。
「こういうこと。」
フフッと笑う雨季さん。初対面の私に対してこんな…。ああ、きっとからかわれているんだ。それに違いない。
「雨季さん、からかってるんですよね?」
「いいえ。去年入社したときから可愛い子だなーって思ってたのよね。本当は私の部署に来てもらいたかったんだけど、あえて隣の部署の方がいいかなーと思ってね。いつか私の部署に来てくれる日を心待ちにしつつね。」
ちょっと待って。展開に頭がついていかないんですけど!
「えっと、雨季さん。」
「なあに?」
「いったん離れましょう!ほら、だだだ誰か戻って来るかもしれませんし。」
「大丈夫。皆13時を過ぎるまでは帰ってこないから。」
「えっと、あの、ほら、私たち初対面ですし、こういうことはもっとお互い知ってからの方が良くないですか?」
「そう、じゃあ部長さんの情報はいらないということで良いかしら?」
「それは欲しいですけど。」
あたふたしすぎて自分でも何を言っているのかわからない。
「木城日菜子、24歳。社会人2年目。住所は―――」
それから雨季さんは、私の住所や過去の付き合っていた人までスラスラと話した。一体どこで仕入れたんですかその情報!
「というわけで、私は貴女の事結構知ってるんだけど。もし付き合ってくれたら、貴女が知りたい情報何でも提供してあげる。」
「うっ。」
「じゃあ、言い換えるわ。もし付き合ってくれないのなら、貴女の情報を部長やいろんな人に流すわ。」
「それは脅迫では!?」
「うふふ、困った顔も可愛い。」
この人は近づいては行けない人だった。頭の中で警鐘が鳴る。
「えっと、その…ですね。」
逃げようと少しずつ後退りを使用とするが、雨季さんは満面の笑顔を浮かべたまま私を引き戻す。あれだ、もう口だけでも付き合うって言って離して貰おう。それで、後々面倒な態度でもとって幻滅してもらえばきっと別れようって話になるだろうし、距離さえ開けば自然消滅してくれるかもしれない。
「………付き合えばいいんですか。」
「そう。大丈夫。絶対付き合って良かったって思えるから。」
「私恋愛対象女性ではないのですが。」
「あら、それはどうかしら。付き合ってみたら恋愛対象が変わるかもしれないわよ?」
「そんなまさか。」
「うふふ、じゃあ、試してみましょう。」
雨季さんは私の頬に軽くキスをした。甘い香りがした。
「そういうわけで、はいどうぞ。」
雨季さんは私の胸ポケットにUSBを入れた。
「欲しい情報はその中に入っているわ。じゃあ、これからよろしくね、日菜子ちゃん。」
にっこり笑って彼女は私から離れた。
「しっ失礼します!」
私は逃げるように雨季さんの部署を後にした。後ろから雨季さんの笑い声が幽かに聞こえたような気がした。
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