くだけ地蔵

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

 

 教授、そのお話についてなのですが……私からお話ししてもよろしいでしょうか。ありがとうございます。はい、いえ……大したことではありませんので。


 教授が話題に挙げていらっしゃった「くだけ地蔵」についてなのですが、■■■市で伝わるかなり新しい伝承のことですね。戦後しばらくしてからのことだそうなので、歴史は長くても六十年ほどでしょうか。気のいいひとの多い田舎で、詐欺師めいた人もまじめな商売をやるふりをして、とんでもないことをしていたんだそうです。今は潰れてしまったようですが、富田石材というところがある注文を受けたことがはじまりでした。

 村が少しずつ発展していくにつれて移り住む人も増えて、大きな道とバス停ができました。村長さんはそれを記念して、村の象徴になるようなお地蔵様を作ってもらえないかと、富田石材さんにお願いしたんだそうです。とても大きな額の動くお仕事だということで、二つ返事で仕事を請けたそうなんですが……はい。ここが、今でいう産地偽装をやっていて、どことも知れない海外から安い石材を仕入れていたようです。因果応報というのでしょうか、いえ、善因善果・悪因悪果と言った方が近いでしょうか。とにかく、彼らにとっていい結果にはなりませんでした。

 村はずれに、御影石……花崗岩でできた立派なお地蔵様が立ちました。ちょうど村長のお屋敷にすぐ近いところで、村長一家がお世話をすることになりました。石材が産地偽装されていても、ほんとうに大事にされて、村のみんなから「■■■地蔵」と呼ばれていたそうですよ。ちょうど市町村合併のころに、いちばんの名士が住んでいた場所を中心にして、あたりを吸収するように街ができたそうで……だから、そうなったんですね。

 村が発展していくにつれて、山や森を切り開いて土地は広がっていきました。お地蔵様はいつの間にか木陰に埋もれて、忘れられることこそなくても、目立たなくなりました。村長一家は相変わらずお世話をしていましたが、億劫に思うこともあったようです。ちょうど孫の代に、事件が起きました。


 いえ、事件といっても、不思議なものではなくて。近くの山を切り開く工事のための車両が、かなり頻繁に村を通っていたそうです。当然、子供たちは道に飛び出ないようにと厳重に注意されていたのですが……お地蔵様の建造を依頼した村長のお孫さんが、大きなダンプカーの前に飛び出してしまいました。遊び盛りの子供がいる村を通るわけですから、運転手さんもかなり注意していたとは思うのですが、その日はほんとうに運が悪かったようです。

 まるで発破のような、ドーンという音が聞こえた――と。急停車して子供の安否を確かめた運転手さんは、大泣きしているお孫さんを連れて、村長さんのおうちに謝罪しに行ったそうです。二人ともが動転していて、何が起きているのかよくわからなかったようですね。けれど、お孫さんによってはおじいちゃんにあたる村長が、「これを見なさい」と言って、お地蔵様の方に二人を連れて行きました。

 ええ。■■■地蔵は、胸のあたりから爆発するように砕け散っていました。そこから下はほとんど無事だったようですが、螺髪が突き刺さったのか、頭がさかさまに地面に立って、周りの木々に石の破片が刺さって、とんでもないありさまだったそうです。取材のために見に行ったときにも、そのまますべてが残されていましたよ。これが「くだけ地蔵」の由来です。


 ……はい。それだけで終わるなら、教授が言うように恐れられるようなことにはなりません。問題なのは、砕けたお地蔵様の胸にあったものでした。石材を安く仕入れた海外というのが、どうやら宝石の産地だったらしく。いえ、ふつうはそんなことは起こりませんよ。河口からたどる方法や、地質学的な分析なども行われますから、宝石を含む石材だなんて流通しようがないはずなんですが。けれど、現に親指の爪ほどの青い宝石、サファイアか何かがそこにあったんです。

 話を聞いた富田石材のある二人が……どうやら富田石材は危ない人たちの隠れ蓑か何かだったようで、宝石を盗みに出かけました。さっそくあれこれの道具を持って、お地蔵様から宝石をえぐり出そうとしました。「げばっ」と。どぼどぼ血を吐いて動かなくなった男の断末魔は、そういう声だったそうです。肺と大動脈を刃物でかき混ぜたような傷で、ちょうどグラインダーでも使ったようだった、と。


 私も、百物語が無事に終わるようにと思って、取材がてら手を合わせてきました。すると、かろうじて残っていた下の方の手がごとりと落ちて、割れまして……はい、その通りです。つい手を伸ばして、こうなりました。腕の複雑骨折程度、大したことではありません。都市伝説の内情を、身を以て知ることができたわけですから。

 でも、そうですね……激痛からこけてしまって、お地蔵様の頭とぶつかってしまったのは……この通り、眼球がまっぷたつに割れてしまって。

 すこし、困りましたね。

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くだけ地蔵 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a

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