三匹(?)の子豚

 母親から、それぞれで家を作って独立するよう言われた子豚たち。おなじみの童話ですが、さて、子豚たちが「彼ら」だったら……?



木坂きさか麗人れいとの場合


「くんくん、ウマそうな子豚の匂いがするぞ?」

 鼻をうごめかせ、おそろしい狼が姿を現した。やがて狼がたどりついたのは……。


「な、なんじゃこりゃあ!」

 狼は仰天した。道沿いに、豪壮華麗な「宮殿」としか言いようのないものがそびえていたからである。

 ――こんなものあったっけか。

 だが、子豚の匂いは間違いなく、ここから漂ってくる。一応、声をかけてみることにした。


「子豚くうん、一緒に遊ぼうよ。出ておいで」

 ……返事はない。

「フン! 返事しないなら、こんな家、ひと息で吹き飛ばして――」

 ――吹き飛ばせるかな。


 ちょっとばかりためらったが、狼は大きく息を吸い込み……宮殿へ向けて力いっぱい吹きつける。ぐら、と宮殿が揺れた! おお、案外もろいな宮殿。だが……揺れ方がなんかおかしくないか? と見る間に、宮殿は倒れた。ぱたん、と。あれっと思う間もなく、数多くのクラッカーの破裂が、狼の鼓膜を叩き鳴らした。飛びかう紙吹雪、テープ、花、万国旗、スパンコール、ハト。もうもうと立ちこめたドライアイスが薄れるまで、狼は聴覚をキンキンに揺さぶられ、目さえ開けられなかった。ようやく起き上がり、狼は理解した。宮殿を描いた大きな板が立てられていただけだったのだ。扉の部分だけが開閉できるようになっていた。そして板が倒れた後ろに、本当の家があった。木材で作った、ごく簡単な家である。これなら簡単に吹き飛ばせそうだ。しかし狼の目を引いたのは、向こうの丘へと遠ざかっていく、木坂麗人の小さな姿だった。一緒にいたらしい、若い女性の手を引いて逃げている。おそらく早い段階で狼に気づいたのだろう、もうかなり遠くだった。

 どう匂いをごまかしたのか?


「待てえ!」

 狼は駆けだした。もとより麗人に待つ義理はないが。


 ……1時間後、狼は完全に麗人を捕捉できなくなり、あきらめた。道中で何度か、置かれていたダミー人形にひっかかって、時間を浪費してしまったのだ。かかえた空腹といらだちは、別の子豚に向けることにするしかなかった。



黒川くろかわはるかの場合


 狼は頭をかいた。子豚の匂いはする。だが……どこからだ? 狼はその場所を何度も何度も通り過ぎ、ようやく、巧妙にカモフラージュされた小屋に気づいた。……えらく薄い家だ。しかも、土や木の枝葉やつたに覆われ、ぱっと見にわからない。もしかすると、カモフラージュを前提にして、こんな薄い造りにしたのではないか。さらに、肉をいぶす匂いが漂っていて、子豚の匂いのありかが正確につかめない。


「ん?」

 足の下に違和感があった。何か踏みつけたのだ。それも、自然界には存在しないものを――。


 瞬間、ぬっと黒川遥の上半身が、地表に生えてきた。黒川は塹壕ざんごうを掘り、そこに隠れていたのだ。かまえた猟銃はすでに狼を射程にとらえている。


「踏んだな」

「えっ」

「ブービートラップだ、足上げたら爆発する」

 狼は思わず足の下を確かめようとして、持ち上げかけた足であやうく踏みつけた。フェイクかもしれない。だが本当だった場合の犠牲が大きすぎる。


 サングラスの下で、黒川は唇をゆがめた。

「心配すんな、こっちは子豚だ。狼をとって食うなんて、気が向いたときにしかやらねえよ」


 とっさに硬直した狼の目に、銃口の奥はどこまでも暗く――。



岬井みさきい一馬かずまの場合


 ふう、と岬井一馬は息を吐いた。彼はせっせと、セメントとレンガを交互に積み上げている。ときおり設計図を確認しながら。まだまだ先は長い。


 近頃このあたりを狼がうろついている。ネットでその情報を得た一馬は、狼に対抗できるよう、レンガ造りの家を建てることにしたのである。設計図を描き、それにそって敷地にラインをひいて、セメントでレンガを積んでいく。時間はかかるが、安全性は折り紙付きの家だ。万一の場合には――綾子あやこをかくまうことができるような部屋も設計に含んでいる。状況によってはそのままここで暮らしてもらうことも……いやいや、よこしまな気持ちではない。綾子を狼から守るためなのだ。これは必要な設計なのだ。狼が家のそばに居座ってなかなか立ち去ろうとしない、という事態も想定しなければならない。せっかくだから、綾子に気持ちよく滞在してもらいたい。もし彼女さえよければ、そのままずっといてもらっても……いやいやいやいや。


 赤らめた顔をぶんぶんと振っていた一馬だったが、ふと狼と目が合った。狼はさっきから来ていたのだが、赤くなったりにやけたり激しく頭を振る一馬の様子にあっけにとられ、ぽかーんとながめていたのである。

 ――一馬の怒るまいことか。


「来んの早すぎるだろう!」

 一馬は両手にひとつずつ、レンガをつかんで、狼にぶん投げた。

「え、え、え、なにが」

「やかましい! せめて家ができてから来い!」

「ちょっと、どういう……」

 狼からすれば理不尽きわまりない話だが、怒りの炎は静まらない。レンガはいくらでもある。次から次へと投げつけられるレンガから、狼はほうほうのていで逃げ出したが、逆ギレの一投が後頭部にヒットした。狼の意識は急速に遠のいた……。



江平えびら弓弦ゆづるの場合


 ……ここは一体どこなのだ。

 狼はぽかーんと立ちつくしていた。


 時空を歪めるトンネルとか次元の狭間とかデビルロードとかを通った覚えはない。しかし、目の前にそびえているのはオリエンタルにも、鳥居、なのである。


 子豚の匂いがするのは間違いない。鳥居の奥にはおやしろもあるようだ。誘い出すにしても吹き飛ばすにしても、ここじゃ話にならんな――狼は、鳥居をくぐった。敷かれた砂利じゃりを踏みしめながら歩く。お社は小さいながら、植え込みも丁寧に作られた、清浄な神社である――。


「無作法な、そこへなおれ!」

 ゆたかでよく響くバスに一喝され、狼はびくっと硬直した。庭を掃除していた江平弓弦が、竹ボウキを手に、憤怒ふんぬの形相で、浅葱あさぎはかまを揺らして現れた。

「え、なにが」

「参詣の作法というものがあろうが!」

 えらくでかい子豚である。コイツを食べに来たのだから、参詣の作法も何もありはしない。しかし気づくと狼は、庭に正座させられ、子豚から何やら説教されているのであった。


 ――おれは一体何をさせられているんだろう……?


「――心得たか?」

 意識を遊離ゆうりさせて説教から守っていた狼の耳に、突然その言葉が飛び込んできた。ああはいはい、作法の話な? 関係ない、お前はこれからおれに食われるのだから……。

「わかった」

「そうか! ならば仏道に帰依きえするのだな?」

「はいはいそうそう――へ?」

「そうか、僧になるというのはよいことだぞ、なによりも煩悩ぼんのうから解き放たれ――」

「…………は?」


 得々と語る江平の前で、正座から立ち上がれないまま、狼はぼんやりと考えるのだった。

 ――ここは神社だと思ったんだが、いつの間におれが坊さんになる話が出てきたんだろうか。ていうか、おれはこれからどうなるんだろうか……。

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Joker Bullet ~短編集~ 三奈木真沙緒 @mtblue

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