第16話 ピーのこと
ピーが旅立ったずっと後に娘は生まれた。
娘が2歳くらいのころ、朝なかなか起きない私のまくら元に娘が座って小さな指で私のまぶたをひっぱった。目が開いたら起きるとわかっているのだ。私の目をじっと覗き込んでいる目の前の娘を見ながら、ピーみたいだと私は思った。
いつも行くスーパーでは春になると赤ちゃんつばめが巣の中でピーピー鳴く。一緒に見上げながら、前にお母さんのうちにピーという小鳥がいたの、とピーのことを娘に話した。何度も話していたら小学校に入るころには娘の方から「ピーのおはなしして」と言うようになった。ピーが怒って唇を噛む話が娘のお気に入りで、「かぷっ」のところでいつもけらけら笑った。
話しながら私はだんだん思い出してきた。ピーが私を呼ぶ高くて響く声、ピーが飛び乗った頭のくすぐったい足の感触、私をじっと見る小さな黒い目、私に向かってくるときかすかな風を起こす美しい翼。ピーは腕でもひざでもどこにでもとまって、私の爪も髪の毛も耳たぶもピーがくちばしで突っついたり引っ張ったりするための楽しいおもちゃだった。ピーがしゃべる声や遊ぶ音がうちの中をにぎやかして、静かだと思って見てみたらどこででもうたた寝していた。ピーがくっついてくることも、いつも周りでぴちゅぴちゅ声がすることも当たり前だったこと。ピーと私はいつだって優しい気持ちだけをやりとりしたこと。ピーターパンが年をとらないように、ピーは最後まで子どものままだったこと。寝て起きてピーがいるふつうの毎日がほんとはとても幸せだったこと。
ピーの最期を一緒に過ごした父はこの冬の真夜中に85歳で旅立った。私には厳しい父だったが、ピーにはいつも砂糖のように甘かった。今度はピーの方が父を迎えにきてくれただろうか。
いつか私が最期に目を閉じて、そのあと目を開いたら、ピーは「ピッピッピ!」と大声をあげて一直線に私のところに飛んできてくれるだろうか。
「お前がいないからピーは仕方なく俺のところにいたんだ」私にくっついて離れないピーを見て父はちょっと苦笑いするだろうか。
そうだったらいいなと思う。明るくやさしいその場所で元気なピーともう一度会いたい。
ピーのこと チョコレートストリート @chocolatestreet
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