第15話 旅立
ピーがうちに来て6回目の春に私は仕事でうちを出た。私の部屋は父が使うことになり、ピーは父と相部屋になった。
「ピーがいるからあんたが出てってもさみしくないってお父さんが言ってる」落ち着いたころに連絡すると、母が電話口でそう言った。
「ピーは今はお父さんの後をついてまわってるよ」私はさみしいよりもずっとほっとした。父も母もずっとうちにいるので、ピーが一人になることはない。
それでも私がうちに帰ったときは、玄関にたどり着く前に、家の中のピーが大声で「ピッピッピ!」と私を呼んだ。家に入るとピーはまっすぐに私に向かって飛んできた。すぐ耳元でピーがはしゃぐ。懐かしい匂いがして、ピーがすとんととまったあたりからほんわり温かくなった。うちにいる間ピーは当たり前のように私にくっついた。きゃっきゃっばたばたと騒ぐ無邪気な末っ子の明るさでうちの中が満たされていた。
「あんたが帰った後ピーが窓の方を向いてしょんぼりしてた」母からそんな話を聞くと私の方がしゅんとなった。
うちに来て10回目の春を過ぎたころから、ピーは以前のように飛ばなくなった。ピーは鳥かごの中ほどにある止まり木ではなく、歩いて飛び乗れる底の方の止まり木にばかりとまるようになった。部屋のベッドで本を読んで過ごす父は、昼間もピーが鳥かごで眠る時間が長くなったと言った。
その年のクリスマスの2日前、真夜中に突然ピーが鳴いた。「ピー!」と一声、そしてばさばさという音。
「ピー、どうした?」父は声をかけ、スタンドの灯りをともして鳥かごの布をめくった。ピーは鳥かごの底で翼を広げてばたばたしていたが、歩いていって止まり木にとまった。それを見て父もベッドに戻った。
それから10分も経たないうちに鳥かごからパタンと音がした。父がもう一度布をめくると、ピーは今度は鳥かごの底から動かなかった。
「ピーは行く前に知らせてくれたんだ」クリスマスにうちに帰った私に父が言った。眠りの浅い父が同じ部屋でよかったと私は思った。ピーは甘えん坊だったから返事をしないとよくすねた。父がピーの最後の声を受け止めて、ピーにちゃんと声をかけられてよかった。さみしがり屋のピーの最後を一人にせずにすんでよかった。
ピーがいないうちの中は空っぽの鳥かごみたいにがらんとなった。
落ち着けようのない色んな思いにぐるぐるなってしまって、私はしばらくその記憶と気持ちにふたをしてしまった。
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