化学部 SIDE麻生花純

「で? で? どうなの? 七組の先崎くんと!」

 昼休み。廊下を歩きながら、ゆかりが飛び付かんばかりの勢いで訊いてくる。るんるんしてるのか、金髪がふわふわしている。まぁ、「どうなの」って言われても、何も……。

「何もない」

 私が素直に答えると、縁はがっかりしたような顔になった。

「何もないことないでしょー! クッキー、あげたんだよね?」

「あげた」

 それは事実なので、頷く。

 でもあれは、好きだから贈った、っていうより、お世話になったことと元気を出してほしかったこととであげたものだし、恋愛感情とは違うというか、まぁ、恋愛感情が何かも分かってない私が言うのもおかしいけど、とにかく変な気持ちがあってあげたものではなく、ましてや何か反応が欲しくてやったことでもない。むしろあれでどうこうなるような仲なら、がっかりしてしまう。

「先崎くん花純のこと好きかもよ? どうするの? 告られたら!」

「どっ、どうって……」

 そんなことあった日には槍でも降ってきそうだけど、もし降ってくるなら……それは、面白いことかも。

 秋風の涼しい季節。私と縁は、のんびり歩くと、校舎の外、校門の手前にある、大きな楠木の下でおしゃべりをした。ぽっかり穴が空いたんじゃないかっていうくらい大きな影が落ちるこの場所は、日差しがなく涼しい風も吹くので外部活の人たちの憩いの場所になっていて、そしてその外部活の男子がお目当ての女子たちの社交場でもある、そんな場所だった。私は縁に付き添ってここへ来ることがあるけれど……結構派手な子が多くて、正直少し居心地は悪い。

「あっ、ほら!」

 縁がすっと、食堂の方を示す。縁は視力がいい。けど私は目が悪いしあいにく眼鏡を教室に置いてきたので、よく見えない。

「花純! 食堂行っておいで!」

「え? どうして……」

「先崎くんがいるから!」

「えっ、ちょっと」

「ほらほら!」

 縁に背中を押され、渋々、食堂へ向かう。ドアをくぐって中に入ると、ふわっと醤油の匂いが鼻をくすぐった。メニュー表を見る。今日の日替わりメニューは、ヒラメの煮付け餡掛けという、高校生に勧めるにしてはなかなか渋い一品だった。でもちょっと、美味しそうだな。そんなことを思いながら食堂の中へ入っていく。

 しかしいざ、あいつの前に姿を現すとなると、妙に緊張してしまう私がいた。何て声をかけよう。クッキーのこと? あ、そういえば秀平の前に座ってるあの子、銀島くんだ。クッキー、直接渡す度胸なかったから彼に頼んだんだっけ。今にして思えば何でクッキーひとつくらい手渡しできなかったのだろう。本当にもう、私らしくない……。

 と、こちらに目線を上げた銀島くんと、ばっちり目が合ってしまった。彼の表情が一瞬綻ぶ。何それ何それ。いいってば。私と秀平を二人にする必要なんてないから、どうか銀島くんもそこに……。

「新しい相棒との時間を楽しめ」

 銀島くんは秀平にそう言い残して立ち去った。トレイを片付けに、返却口の方へ向かう。私はその背中を見て、少し、震えた。それから目線を彼が元いた場所に戻すと、当然ながら、秀平がいた。

「よお」

 こちらに振り返って、秀平が気楽そうに微笑む。もう、何でそんな顔ができるんだか……。

「座れよ」

 そう、さっきまで銀島くんがいた席を示される。まぁ、座れって言うなら座らなくもないけどさ。

「ありがとな」

 席に着くなりぽつっと、そう言われる。私が彼の顔を見つめると、いかにも照れくさいという顔をして秀平が、「礼だよ!」とつぶやいた。れ、礼ってどれの……とは思ったが、口にしない。

 しばし、沈黙。

 あー、もう。

 何で何もしゃべらないのよ。こっちくらい見なさいよ。涼しい顔して。お水飲んで。黙々とカレーなんて食べて憎らしい。福神漬けはそんなに好きじゃないみたいね。ここのカレーは甘いって聞いてたけどそういうのが好きなのかしら。バタークッキーが好きっていうくらいだから甘党なのかも……だいたい……と考えて、思い出す。縁の言葉。

 だからだろうか。

 何て言葉をかけたらいいか分からなくて、私は訊ねる。

「こ、ここのカレー、好きなの?」

 ああもう、本当にどうでもいいことなのに。


 了

 

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開けてしまった密室 飯田太朗 @taroIda

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