園芸部 SIDE先崎秀平
「で? 結局好きなのか? 麻生さんのこと」
食堂で、銀の字に訊かれて俺は答える。俺は三百円のカレーを食べている。甘いカレー。意外にも、クセになっていた。
「あいつに対して恋愛感情はねーよ」
がぶっとスプーンにかぶりつく。
「あいつも、多分ねーぞ」
「クッキーもくれたのにか」
「ねえって」
俺は水を飲んだ。
実際のところ、花純が俺に向けている感情は、事件を解いた者同士、慰め合おうという程度のもののように感じた。あいつが恋なんてらしくないしな。俺はフ、と銀の字みたいに笑ってから返す。
「あいつに春はまだ早いぜ」
銀の字が呆れる。
「何を言ってるんだか」
春が来たのはお前の方だろう。銀の字はそんな風に、言いたいのかもな。
「俺はかわい子ちゃんにしか興味ねぇよ」
「麻生さんだってかわいい部類だと思うが」
「まぁ、そうかもな」
俺が素直に認めたからか、銀の字が意外そうな顔でこちらを見てきた。しかし俺は笑い返す。
「恋人っていうより相棒だよ。辛いことを共に乗り越えた」
「相棒、ね」
今度は銀の字がフ、と笑う。「お前らしい」そうも続ける。
「クッキーは美味かったか?」
訊かれたので答える。
「まぁまぁかな」
「失礼だぞ」
「ぺろっと食っちまう程度には美味かったよ」
「お」
銀の字が、俺の背後の食堂入り口に目をやる。それから、立ち上がる。
「噂をすれば……」
食器を片付けに行く銀の字。
「新しい相棒との時間を楽しめ」
お? と振り返ると、そこにいた。
ガチガチに緊張した面持ちの、麻生花純。
「こ、ここのカレー、好きなの?」
肩から垂れたおさげを、背中の方にやりながら花純が訊ねる。俺はスプーンを口に運びながら答える。
「まぁ、嫌いじゃねぇよな」
「あんまり美味しくないって評判だけど……」
「否定できねー」
けどよ、まずいことに安心することってあるじゃん?
俺がそう同意を求めると、花純は「うーん」と首を傾げた。
「ねぇ、さ」
場が静まったタイミングで、花純が訊いてくる。
「色恋沙汰の多いあなたに訊くけど」
「何だ?」
「恋って、どんなの? 心がどうなるの? のんちゃん見てたら怖くなっちゃって。人を好きになるって、あんなに狂っちゃうものなのかな」
「んー。ああ……」
俺は空になった皿の前で手を合わせる。
「確かに自分じゃいられなくかるかもな。でもそこで自分をしっかり持つのが上手い恋愛だ」
「何それ」
花純が睨むような目を向けてくる。
「胡散臭い」
「訊いてきたのはお前だろうよ」
「何か煙に撒いてる感じある」
「真面目に答えてないってか?」
「ちょっとかっこつけてるでしょ?」
「この場でくらいかっこつけさせろや。男はかっこつけてナンボだ」
「本当のことが知りたいのに」
「本当のことだよ」
俺は真っ直ぐ花純を見つめる。
「自分がおかしくなっちまうのさ。いつもの自分じゃいられなくなる」
花純がぽかん、とこちらを見つめる。それから、飲み込むように、頷いた。
「そっか」
「おう」
俺は皿の乗ったトレイを持ち、立ち上がる。テーブルを去る時に、花純に声をかけた。
「あ、クッキー」
花純がまたぽかんとする。
「ごちそうさん。美味かったぜ!」
いつの間にか、冷房は使われなくなっていたのだろう。開いていた食堂の窓から、秋の涼しい風が吹き込んできた。
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