化学部 SIDE麻生花純

 親友を失った傷は深かった。

 でも、ただ、こう、なんというか。

 私は恵まれていた。

 まず、家族だ。

「大変だったね」

 帰ってすぐ、お母さんが私を抱きしめてくれた。まぁ、帰ってすぐと言っても、私はあの推理劇の後、警察からまた聴取を受けて、話した内容をもう一度公式の記録に起こしてから、のんちゃんが逮捕される場面を見て、少ししょんぼりしてから帰ったので、時間的にはかなり経っていた。朝から出かけて夜遅くに帰ってきたのだと思う。

 事件の顛末はテレビのニュースで知っていたのだろう。

 親友ののんちゃんが逮捕されたこと。それから朝の私が意気込んでいたことから何かしらを悟ったらしい。

 その日、母はずっと私を気遣ってくれた。父は何も聞かないでいてくれた。静かに夕食を食べた。母は私の好きなハンバーグを作ってくれて、私は何だか泣きそうだった。

 次に、友達関係にも恵まれていた。

 事件翌日。あいつからメッセージが届いたのだ。

 秀平。先崎秀平。

〈よぉ空手女。元気してっか?〉

 元気なわけないじゃない。と思ったので、無視することにした。それなのに。それなのに。

〈まぁ、無視すんのはいいけどよぉ〉

〈凹む時はしっかり凹めな〉

〈んで、また元気に笑ってくれ〉

〈『アメリカのシャーロック・ホームズ』のこと今度教えてくれよ。俺あんま本読まないからさ、どんなのか聞きてぇんだ〉

〈じゃあな。何かうまいもん食えよ〉

 それで終わった。何だかまるで嵐みたい。私はスマホの画面を見ながら、目が潤んで熱くなるのを堪えて、返事した。

〈うるさい。バカ〉

 続けてこう送る。

〈無視してないし。今読んだの〉

〈何が凹む時はしっかり凹めよ。偉そうに〉

〈笑ってなんて言われても笑えるわけない〉

 それから。それから。

〈気になるなら本、読んでよね。貸すから〉

 その一言を打った途端に。

 気持ちが解れる。優しい気持ちになれる。うわーってなる。

 だから私は感情のままに打ち込んだ。

〈秀平だって美味しいもの食べてよ! あなたがおとなしいと調子狂うんだから。好きなお菓子何? それ食べたら元気出るかもよ〉

 それからしばらくの間があって。

 ああ、ムカつく。あいつ多分画面の向こうできっと笑ってる。私のこと、笑ってる。素直じゃねぇなぁ、とか。かわいげがねぇなぁ、とか。

 うるさい。こんな経験初めてなんだから仕方がないでしょ。私だっていっぱいっぱい……。

 なんて、ぐちぐち頭の中で唸ったところで。

 返事が来る。たったの一行。

〈バタークッキー〉

 よかった。

 私はそう思った。

 だって、作れるから。

 私があいつの笑顔、作れるから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る