58.劇薬

「あの私……先生になんて言えばいいかな……?」


 長い廊下を歩いていた時は黙り込んでいたのに、保健室の前に着いたタイミングで今更な作戦会議を始めようとしてくる美紗子。


「別に普通でいいよ、普通で」


「普通って……?」


 本当にそんなこともわからないのか? コミュ障だからか? 馬鹿だからか? 大体なんで今になって聞いてくるんだ?


「わかった……もういいからお前は黙ってろ……」


 浮かんだ文句は押し殺し、ちょうど鳴り始めたチャイムにかき消されないように少し強めのノックをする。


「失礼します」


 声と同時に戸を引いて保健室の中を見渡すが、自然光だけでまかなわれた物足りない部屋の明かりが先生の不在を知らせていた。

 

「あれ、先生居ないの……? じゃあやっぱり教室戻らない……?」


「うるせえな……いいから適当に座ってろよ、俺のせいで腹が痛いんだろ?」


 帰ろうとする美紗子の両肩に手と体重を乗せ、近くの椅子に強引に座らせる


「全くひどいこと言うよな、こんなに優しくしてやってるのに……」


「ひどいこと言ってるのは高比良くんのほうでしょ!? 私は別に本当のこと言っただけだし……」


 わざわざ"本当のこと"って強調しなくてもいいだろ……。


「あのな、愛の反対は無関心ってマザーテレサも言ってんだろ? お前に無関心な毒にも薬にもならない連中より、俺みたいな人間を大切にしろよ」


「いや、高比良くんはちょっと毒の成分が強すぎる気がするんだけど……」


「良薬は口に苦し、毒薬変じて薬になる、予防注射みたいなもんだと思えば我慢できるだろ?」


「う、うーん……?」


 都合のいい言葉しか載っていない辞書を片っ端から適当に引きまくって相手の頭をフリーズさせるのは彩人の常套手段だ。


「あっそうだ薬ならいいのあるよ、頭がスーッとする白いやつ」


 ポケットから取り出した眠気覚ましのミントタブレットを美紗子の顔の前でシャカシャカ振る。


「最近のはパッケージとかもオシャレだしお菓子みたいで若者でも買いやすいよね」


「企業努力を巧妙な手口みたいに言うのやめなよ……」


「いいから、ほら口開けて」


「あんまり気分じゃないんだけど……」


 文句を言いながらもしぶしぶ口を開ける美紗子の喉奥にミントタブレットを指で勢いよく弾き飛ばす。


「ガッ!? オエッ!」


「ごめんごめん、ちょっと上手くいきすぎたわ」


 むせる美紗子を見てケタケタ笑っていると、保健室の先生が小走りでやってきた。


「ちょ、ちょっとどうしたの!?」


「あー先生! こいつ今朝から吐き気がするって……もしかしたらあの時妊娠したのかも……」


「に、妊娠!? 本当に!?」


「オッ!? オエエエエエエエ!!」


 なんの意味もない彩人のいたずらで突如としてパニックになる保健室。


「ちょっとあなた大丈夫!?」


「本気にしないでくださいよ先生、ジョークジョーク!」


「痛い痛い痛い痛い胃がああああああああ!!」

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死にたい美少年の女遊び 竜花 @ryuka425

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