57.ストレス性

「はいじゃあ出席取るよー! ほら高比良顔上げろー」


 んだよ……どうせ大した話しないんだから、もう少し寝させてくれよ……。


 鉛のように重たい寝不足の頭をなんとか頬杖で支え、教室の窓から射す無駄に明るい光を睨みつけた。

 

 一週間で最も憂鬱な月曜日の朝のホームルーム、担任が教室を見渡して大雑把に出席を取り始める。


「えーっと、駒込こまごめさん以外はみんないるのかな」


 唯一の欠席者は駒込沙耶香さやか、もう夏休み明けから二週間近くも姿を見ていない。


 何か学校に来たくない理由でもあるのだろうか。


 まあ別に俺も学校は好きじゃないけど……。


 彩人は睡魔に抗いながら、駒込沙耶香と接触する方法を考えていた。


 SNSの類はやっていないようだし、仲のいい友人もこのクラスにはいない。


 連絡先だけでも知りたいんだが、今の時代教師に聞いても教えてくれないだろう。


 まあ知ってる可能性があるとしたらアイツか……。




「おい、バカ眼鏡」


「え、私……?」


 ホームルームが終わると一目散に教室を移動する川澄美紗子を廊下で捕まえた。


「バカも眼鏡もキモいオタクもお前しかいないだろ」


「いや眼鏡はわかるけどバカはちょっと……ってかキモいオタクって何!?」


 自覚なしとは救えない。


「うるせえな、殺すぞ」


「こっこここ、殺す!? 今殺すって言った!?」


 声を裏返した美紗子の煩わしいオーバーリアクションは冷めた目で無視して本題に入った。


「んなことはどうでもいいんだよ、お前駒込の連絡先知ってるか?」


「え、駒込さん……? 知らないよ……」


 やっぱコイツ使えねー!


 美術の授業中隣の席で楽しそうに話しているのを見たことがあったのだが、どうやら当ては外れたらしい。


「じゃあ他のクラスの仲良さそうな友達は? 部活は何やってるか知ってるか?」


 半分諦めながら、少しでも連絡先に繋がりそうな情報を探ってみる。


「友達はわかんないけど部活はしてないと思う……小学生になったばかりの弟と一緒に家に帰ってるって前言ってたから……」


「ふーん、なるほどね」


 小学校なら近くに一つあるけど、あそこか? 高校から遠かったら一緒には帰れないよな。


「やばい痛い痛い痛い、胃が痛い……」


 美紗子が突然、しんどそうに顔を歪めて腹を抱えた。


「は? 急にどうしたんだよ」


「高比良くんと話すと胃が痛くなるの……」


 な、なんだよそれ、それじゃまるで俺が……。


「あれ、高比良何してんの?」


 クソ……長々話しすぎたか。


 静かだった廊下に騒がしいクラスの男達がぞろぞろと横並びでやってきた。


「あーいや! 川澄が少し体調悪そうだったから保健室に連れて行こうと思ってさ」


「え、別に私そこまでじゃ……」


 黙れ、病院送りにしてやってもいいんだぞ。


 余計なことを喋らないように殺気を込めた目で脅迫する。


「はい……痛いです、苦しいです、怖いです……」


「ってことだから、悪いけど一限遅れたら先生に言っといて」


「あ、ああ……」


 口車を合わせる前に詮索されると面倒なので、軽く手を上げながら背を向けて会話を強制的に終わらせる。


「おい、行くぞ」


「あの……」


「私語は慎め」


「は、はい……」


 彩人はそのまま有無を言わさずに美紗子の身柄を拘束し、保健室まで送致することにした。

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