G-第02話:私の先輩、私だけの先輩

「どうして…、どうして私じゃダメなんですか?」


 今にも沈みそうな太陽が照らす校舎の裏、桜華ほのかは先輩に詰め寄っていた。しかし、長く伸びた二つの影は決して交わることはない。桜華ほのかのそれは、近づこうと長く背伸びをするものの、平行に並ぶそれは、決して交わることはない。ただ時だけが無慈悲に過ぎ去ってゆく。


 少年は、桜華ほのかに詰め寄られたその少年は、この場を立ち去りたい気持ちをぐっとこらえていた。そして、虚ろな視線を桜華ほのかに向けていた。しかし桜華ほのかの視線は、それを決して許さない。その真剣な瞳を見た少年は、ようやく自分が何かを答えない限りこの場を去れないことを理解した。


「ごめん! 本当にすまない。オレには好きな人がいるんだ。それは桜華ほのかも知っているだろう。だから急にそんなことを言われても困るんだ」


 その刹那、二人を吹き抜ける一陣の風。


「先輩! それはわかっているんです。先輩に好きな人がいることぐらい……」


「でも、そうじゃなくって、そうではなくって……。私、私は、どうすれば先輩が私を好きになってくれるかだけを聞いているんです。お願いします、教えてください」


 涙声になりながら、必死に話を続ける桜華ほのか、そして視線をそらす一人の少年。


「私は、先輩のためだったら、なんでもできる。先輩が望むのなら、どんなことだってできる。それじゃだめなんですか? 先輩」


「ごめん…」


 少年は思わず桜華ほのかから視線をそらし、すまなさそうにそうつぶやいた。


「先輩、謝らないでください。私は先輩に謝って欲しい訳じゃない。ただ、先輩に私のことを好きになって欲しいだけなんです。それも今すぐ好きになって欲しいと言っているわけでもないんです。私とその好きな人を比べてもらっても構いません。天秤にかけてもらっても構いません。先輩が私を徐々に好きになってくれればいいだけなんです。そのためだったら私はなんだってするし、なんだってできます」


「だから、だから、先輩。そんな悲しい事をいわないで……」


 どんなに苦しくても、どんなに悲しくても、歯をくいしばり、僅かな希望の光を信じ、心が決して後ろを向かないように自身を奮い立たせる少女の姿がそこにはあった。しかし、その姿は、悲しいくらいはかなげで、うつろなものであった。


「ごめん、やっぱりオレは君の気持ちに答えることはできないよ。君のその気持ちと同じくらい、オレは莉乃りののことが好きなんだ。オレは、自分の気持ちにうそをつくことができないんだ」


「えっ! 莉乃りの先輩なんですか? だって、莉乃りの先輩はもう他の人と付き合っているじゃないですか。なんで、よりによって、先輩の好きな人はもう彼氏がいるあの人なんですか?」


 桜華ほのかの目に静かに涙が溢あふれだす。そして、その涙は、心の痛みだけではなく、今まで積み重ねてきた想いが、何かが、きしみを立てて崩れていくような、そんな悲痛で、悲愴ひそうにじんだ涙でもあった。


桜華ほのか、ごめん。そんなことはオレにもわかっているんだ。でも、君の気持ちがどうしようもできないのと同じで、オレもこの気持ちをどうすることもできないんだ。だから、桜華ほのか、本当にごめん」


「先輩、私は先輩に謝ってほしいんじゃないんです。何度も同じことを言わせないでください。だいたい、もう恋人がいる莉乃りの先輩が、先輩に振り向いてくれるわけないじゃないですか」


「だ、だから、莉乃りの先輩が彼氏と別れるまで私と付き合ってください。そして、少しずつでいいから、私のことを好きになってください。お願いします」


「そんなことを言われても……」


 陽は地平線に沈み、辺りはすっかり宵となる。そして二人の間の空気は、ただ沈黙で満たされていった。


桜華ほのか、ごめん。オレは塾にいかないといけないから、帰るよ」


 そう告げた少年の姿は、少しずつ小さくなっていく。桜華ほのかの瞳に映るにじんだ世界は、悲しい現実は、桜華ほのかに、ただそれを見つめることしか許さなかった。そして桜華ほのかは、自身の鼓動だけがこだまする孤独な世界の中で、ただ立ち尽くすことしかできなかった。そして桜華ほのかの視界から、その少年が完全に消え去った時、桜華ほのかは自分の心に大切にしまってあった希望を詰めた砂時計の最後の砂が落ちる音を聞いた気がした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

これから大人になる君へ まぁじんこぉる @margincall

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ