思春期の少女の心情描写

G-第01話:桜のつぼみ

 咲かないつぼみなんかなくて……

 かなわないおもいなんかなくて……

 私は、私の気持ちを諦めきれなくて……


 深夜の校庭、誰もいない校庭で、私は八分咲きの桜をじっと見つめていた。


 今日、私の大好きだった先輩が高校を卒業する。学校にくればいつでも先輩に会える、そんな当たり前だと思っていた日常が終わる。先輩に会いたくて、会いたくて仕方がなくて、明日が来るのが待ち遠しかった日常が終わる。


 桜の花の香りが、春風に乗って舞い上がる。その甘く優美な香りが私の心を優しく包む。まるで、この残酷な現実に打ちのめされそうな私の弱い心を優しくいやしてくれるかのように……。


 先輩と出会ってから、変わってしまった世界……。


 目に見えるものがなんでも美しく見えて、空を照らしていた平凡な陽の光が、キラキラ輝きだして、味気ないあおい空が、澄みきったアクアマリンのように輝いて見えて、淡泊な空気に、すべての命の息吹を感じられて……。


 でも、心は苦しくて、苦しくて、常に悲鳴をあげて……。


 先輩に好きになってもらいたくて、先輩が好きだと聞いたことは、なんでも、なんでもしたくって。


 先輩が好きだと聞いた本を読んだ毎日。先輩が好きだと教えてもらった音楽を聞いた毎日。先輩が好きだと知った番組を見続けた毎日。


 そして、先輩が好きなメニューの料理をしつづけた毎日。


 先輩が短い髪の子が好きとのうわさを聞いて、切った髪の毛の裾を右手で触り、私は夜に浮かぶ月をじっと見つめる。


 欠けた三日月が夜空を優しく照らす。私の気持ちのよう満たされない月の光が夜空を優しく照らす。


 一度も話すことができなかった日々。視線を合わそうとして、目が合った瞬間、視線をそらしてしまった日々。家に帰って、ただ、先輩の写真を見つめ、先輩のSNSのつぶやきを見て、ただ涙を流した日々。


 ただ、先輩の近くにいたいだけなのに……。


 登校時間を合わせても、ただ遠くから見つめるだけで、帰りの時間を合わせても、ただ後ろからついていくだけで……。


 「おはよう」と言いたかっただけなのに、「一緒にかえろう」と言いたかっただけなのに、心は、私の心は、私を前に向かせてくれなくて……。


 何度も、何度も、聞こうと思った電話番号、何度も、何度も、聞こうと思ったメールアドレス。そして、何度も、何度も告白しようと思った私の気持ち……。


 淡い月明りが、桜のつぼみを優しく照らす。


 咲かないつぼみなんかなくて……、

 かなわないおもいなんかなくて……。

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