不連絡

夏生 夕

第1話

春です。


暖かい風が花を揺らし葉を揺らし

時折、思い出したように降る雨が窓を叩く。

紛うことなき春です。


春というのは美しい季節です。

散歩をしたくなるのもわかりますよ、素敵なことだと思います。

むしろ引き籠りがちな先生が外の空気と交じりに行こうとされるなんて。わたしは嬉しいです。大歓迎です。


普段なら。


わたし、先日ご連絡いたしましたね。今日は打ち合わせをさせていただきたいと。

だからお約束の時間にご自宅へうかがいました。

ところがインターホンを押してもウンともスンともおっしゃらない。おまけに電話は繋がらない。

こちとら、また倒れているのではないかと焦りました。

管理人さんも大層心配してくださって、すぐに鍵を開けてくださいました。

するとどうでしょう。もぬけの殻でした。



先生。

何か、何か一言ぐらいは連絡できませんでしたか社会人として。

報連相はどんな仕事においても重要かと思いますがいかがですかそうですね。

そうですよね、先生。

そんなに頷くと、首とれちゃいますよ。


ところで先生、こちらをご覧ください。

ここ、写っているのはこの本屋さんです。

そして入り口の不審人物、この人、先生ですね。

あなたの先輩がSNSで見かけたのだと面白がってわたしに送ってきました。


今回ばかりはあの人にお礼を言わなくては。

帰ったら伝えておきます。

こんな写真が出回ってしまったのは、わたし少し、いえだいぶ恥ずかしいです。

こんな形で先生のお名前がハッシュタグになるとは思いませんでした。

出来れば新作の感想とともに拝見したかったです。おかげで居所が掴めましたが。

それも含めて不服です。


発売日にいてもたってもいられなかったのは分かります。わたしだってそうです。

だからこそ気を逸らそうと打ち合わせの予定を入れたのに。作戦失敗ですね。はは。

先生。

笑っていいところではありません。


さてこれ以上はお店のご迷惑です。さっさと帰りましょう。



はいはい、行きますよ。

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