第24話 創世神イルの伴侶、女神アーシラトの価値
リリスは元夫のアダムとの別れ話で場の空気が悪くなってしまったため、話題を転換して状況のリセットを図る事にしたのだった。
「さて、アダムとの決裂を経て、楽園を脱走することを決めた私ですが、天界の第三天にある楽園から、第二天、第一天と抜けて地上を目指すのは、当時の何も知らなかった私には、現実的ではない計画でございました。また、当然地上に知り合いなどおらず、右も左もわからぬ状況に置かれることが予想されましたし、さらにはアダムの嘆願を受けて私を連れ戻そうとする、天使様方からの追走の手が掛かる事も予測出来ました。人間の種としての繁栄は、先だってルキフェル様がおっしゃっていた通り、創世神イル様のご意向によって興された企画でございますからね。楽園の管理を担当していらした天使様方からすれば、人間の繁栄に不可欠な男女の
リリスの話が一旦途切れたところで、ある疑問が湧いたアニマが質問の手を挙げた。
「はい。リリス姉さま、ちょっと質問いい?」
「ええ、もちろんですわアニマ。なんでもお聞きください。」
リリスの快い返答を受けたアニマはこれに頷き、さっそく質問を始めた。
「アダムは最終的に二人目の人間の女として創造されたイヴを、姉さまの代わりの伴侶にするんだよね?」
「そうですわね。」
「話を聞く限りアダムは姉さまにほとんど無関心だし、反りが合わなくて出て行った姉さまを連れ戻したところで、また喧嘩になるのは目に見えているよね。それなら姉さまとの関係修復を最初から諦めて、次の女を創造する方向で動くんじゃないかと思ってね。姉さまは、アダムが天使に連れ戻しを嘆願するだろうと、確信があったみたいだけど、どうして?」
アニマの歯に衣着せぬ物言いに、リリスは一瞬面くらったが、すぐに平静を取り戻して質問に答えた。
「理由は二つありますわね。一つは二人目の女を創造できると、その時点ではまだ私は知りませんでしたし、アダムも知らなかったはずです。替えの効かない存在ならば、連れ戻すために動くのは必然。ええ、いくらアダムが自分勝手な唐変木でも、楽園に住まい神の保護下に居る以上は、神のご意思に逆らって人間種の繁栄を放棄するわけには参りませんからね。それが楽園で人間ができる、唯一の仕事ですから。」
リリスの答えにアニマは納得し、手をポンと叩きながら言った。
「ああ、なるほど。イヴを創造できることは、この時点ではわからなかったのか。下手にあとの展開を知っていると、余計な事を考えちゃうね。それで、二つ目の理由は?」
矢継ぎ早にアニマが催促すると、リリスはガブリエルに視線を向けて語りかけた。
「二つ目の理由は、私が女神アーシラト様を模して創造された事に関わるお話なのですが、これに関しましては、ガブリエル様に説明をお願いできますでしょうか?」
リリスの急な要請に、ここで話を振られると思っていなかったガブリエルは、すっかりのんびりしていたので、スコーンを片手にフルーツジャムを塗っている最中だった。手に持ったスコーンとリリスを見比べて、ほんの数秒キョロキョロしていたガブリエルだったが、えいと思い立った様にスコーンを頬張りもぐもぐと咀嚼し始めた。ガブリエルは続けてティーカップを手に取り、一口飲んで口の中をさっぱりさせてから、何事もなかったようにリリスの言葉に応えた。
「アダムがリリスを必要としていた理由、それもアーシラトと同じ姿を持つリリスだからこそ必要な理由だね。それを私に聞くってことは、私がこの容貌のせいで過去に色々あったことを知ってるのかな?」
ガブリエルの問いにリリスが無言で頷くと、続いてガブリエルはリリスの隣のアスモデウスに視線を移し、軽くにらみつけた。リリスがガブリエルの過去について知っているとすれば、話したのはアスモデウスであろうと推測できたので、その確認のためである。しかしアスモデウスは、ガブリエルの視線の意図に気付きながらも、肯定も否定もせずに堂々と無視していたので、答えないと言う事は肯定したも同然だと判断したガブリエルは、ふーっとため息を漏らしつつ話を続けた。
「私の過去については置いておくけど、そうだね……リリスの話の続きは私が引き継ごうか。」
「はい、よろしくお願いいたしますわ。」
リリスは笑顔で答え、ガブリエルもこれを了承した。
聴衆の視線が新たな語り部へと移ったところで、ガブリエルは静かに語り始めた。
「女神アーシラトの姿を持つ女。これは天界に於いて非常に大きな意味を持っている。天界の主である創世神イル、その伴侶が女神アーシラトなのは知っての通りだね。転じて、アーシラトと同じ姿を持つ女を伴侶とすることは、創世神イルに類する権威を持つことの証となり得るんだ。馬鹿みたいな話だけど、王に冠が必要なように、天使に
ガブリエルは天使の輪や翼を隠して、人間の様な姿になっているベリアル、アザゼル、アスモデウスを手振りで指し示すとさらに続けた。
「そこにいるガラの悪い連中を見て、まさか天使だとは思わないだろ?でも天使の輪と翼があれば、一目見て天使とわかるはずだ。」
ガブリエルはそう言うと堕天使達に、本来の天使の姿を現すように、アイコンタクトで要求した。これにベリアルとアザゼルは快く応じ、アスモデウスは少し難色を示したが、ガブリエルに再度にらまれると、渋々了承して天使の正体を現した。とは言え、今現在の姿に天使の輪と翼が生えただけであり、人相の悪さもまた健在だったが、たしかに天使の象徴である二つの要素が追加されれば、彼らが天使であることを疑う者はないだろうと、人間達は素直に納得したのだった。
ところで、ここに集まっていた堕天使達はみな古い天使と呼ばれる存在ばかりで、六対十二翼の翼を持っている。一般に最高位天使である
さらに余談だが、ガブリエルは平時の翼の枚数こそ六翼だが、全力を解放すると六百翼となり、戦闘力も爆発的に上昇する。彼女の全力を見たことがあるのは、創世期より存在する古き神々の中でさえも少数であり、天使の中ではルキフェルとサリエルのただ二人のみなので、他の天使達は六翼状態のガブリエルしか知らずに、それでもなお彼女を恐れている事になる。このことから彼女の戦闘力が突出して高いと分かるだろう。
余談はさておき、堕天使達が再び天使の輪と翼を隠して席に着いたところで、ガブリエルは話を再開した。
「さて、権威を表すのに象徴的な物の存在が有効だと分かったところで、話を戻すけど、愛妻家であるイルの隣に並び立つ者はアーシラト以外ではあり得ないと、特に天界ではそれが常識になっているから、アーシラトを隣に置くことが、すなわち主権者の象徴となっているんだ。これに関してはイルが悪い側面もあって、天使達がイルの周りに集まり、なおかつアーシラトが不在な場合は、イルの左隣、つまりはアーシラトの定位置には、必ず私が立たなければならないと取り決めがされているんだよね。私はアーシラトの妹みたいなものだから、当たり障りのない代役として立たされているに過ぎないけど、これがアーシラトの代わりになる者はアーシラトと同じ容姿を持つという実例を作ってしまっているんだ。」
ガブリエルは、外見至上主義的な薄っぺらい価値観を持つ天使が案外多いことを憂い、小さくため息を漏らしたが、気を取り直して話を続けた。
「それで、話は立ち戻ってリリスと私がアーシラトと似た姿を持っている事の、その意味に繋がるわけだね。アーシラトによく似た私達を隣に侍らせることができれば、天界では主権者の権威を得たのと同等の効果が得られるんだよ。要するに王冠替わりのアクセサリー扱いだから、私としては不本意な話だけど、まぁ事実だから仕方がないね。」
ガブリエルはやはり不満げな顔でそう告げると、さらに続けた。
「話は振出しに戻って、アダムがリリスを必要とした理由だけど、いずれ地上に降りて霊長の王として他の生物を管理する役割を与えられる予定だったアダムには、地上の王、つまりは主権者としての象徴として、女神アーシラトの姿を持つリリスを隣に立たせる必要があったわけだね。それがアダムがリリスに固執する理由だよ。」
そこまで話すとガブリエルは一旦話を区切り、紅茶に手を伸ばして一息ついた。
「さてと、こんなところでいいかな?リリス。」
ガブリエルはアニマの質問に答えるために一時主導していたに過ぎないので、進行役を返そうとリリスに声を掛けた。
「はい。ありがとうございましたガブリエル様。私は天界の事情をそこまで詳しくは存じておりませんので、勉強になりましたわ。」
リリスはガブリエルに深く一礼するとともに、語り部のバトンを受け取ったのだった。
―――補足説明 ガブリエルの過去。変態紳士ならぬ変態天使達の奇行―――
ガブリエルはイルの配偶神である女神アーシラトの似姿を持つ上に、神に匹敵する力を持つことで知られているため、彼女を伴侶にすることは、アーシラトを伴侶にすることとほぼ同義であり、天界においてはイルと同等の権勢を得るのに等しい大きな意味を持つ。それゆえに、神に成り代わろうと野心を持った天使達が、不埒な思惑を持って彼女に近づくことが度々あった。
幼い外見が示す通りの純潔の天使であるガブリエルは、女性的な本能、あからさまな表現をすれば性衝動、あるいは母性であるが、要するに性欲・繁殖欲求をほぼ持ち合わせておらず、恋愛への興味も皆無である。なので、恋愛感情にせよ、性的な欲求にせよ、政略的な目的にせよ、女性としてのガブリエルを求めてくる天使達には辟易としていた。
そう言った煩わしさを解消する意味で、ガブリエルは無性あるいは女性の形質が強く出ている天使と懇意にし、一方で男性的な天使とは若干距離を取る様になり、現在に至っている。男女の関係を求める天使達への牽制で、男には興味が無いから近寄るなと、普段の行動をもって示しているのである。
例外として、アザゼルを筆頭にミカエル、ラファエルなど、ガブリエルとの付き合いが長く、互いに気の置けない間柄の天使であれば、男性型の形質が強く出ていても彼女から距離を取られることはない。
ちなみにアスモデウスもガブリエルとの付き合いは長く、好悪感情は別として、互いをよく知る間柄ではあるので、書面上のデータだけを見れば前述の天使達と変わらない要件を満たしている。
でもアスモデウスはエッチなのでダメです。
ところでこの男に対象を絞った虫除け対策には、ガブリエルが思いがけなかった落とし穴、もしくは副作用とも呼べる付帯効果があった。彼女に言い寄る男の接近を退ける効果が狙い通り功を奏する一方で、百合とロリコンの
いくら恋愛に興味が無いとは言え、さしものガブリエルも、種の繁栄と言う本能に基づく男女間の恋愛については知識として知っていた。一方で子作りのためと言う、分かりやすい本能が介在しない、より複雑な感情が絡む同性愛については考えが及ばず、恋愛偏差値が幼稚園児レベルのガブリエルはその存在すら認知していなかったので、そっち方面から彼女を狙う刺客への防御策はガバガバなのであった。
天界においては、不文律ながら小児性愛が禁忌に位置付けられているため、手を出すタイプのロリコン並びにショタコンはみな、早期に自主的に堕天するか、もしくは愛の庇護者であるラファエルによって天界から追放されている。ゆえに現状ガブリエルの周囲にはイエスロリータノータッチを厳守できる、分別のある隠れロリコンしか残っていないので、表面上は安全である。
そもそもガブリエルは見た目こそ幼女の様ではあるが、世代的にはルキフェルやベリアル及び他の三大天使達と並び、創世記の時代に産まれた最古の天使の一人に数えられるため、分類上は合法ロリババアであり、法的にも人道的にも、実は手を出しても問題ない存在である。ただし、いずれにしてもガブリエル本人にその気がない根本的問題は揺るがないので、両者の同意が得られない以上は、合法か違法かはあまり意味のない要件である。
ただ、禁忌と言う名の強力な楔によって辛うじて理性を保てているタイプの、意志薄弱で押せば崩れる様な脆弱な自制心の
ちなみにルキフェルもガブリエルと同様に幼い少女の姿を持っているため、天界に居た頃は同じタイプのロリコン天使達がルキフェルにもアプローチを仕掛けていた。しかし彼女の周りには、常に義弟を標榜するミカエルによる厳戒な監視の目が光っていたので、ルキフェルの与り知らぬところで不埒な天使は秘密裏に狩り取られていたのだった。
ここで軽くミカエルについても紹介しておくと、ガブリエルと同じ三大天使の一人で、天界における最高戦力の一人に数えられる
不真面目な兄には倣わず、勤勉なルキフェルを姉と慕っており、常に後をついて回っていたので、ルキフェルからも可愛い弟として扱われている。実はミカエルの方はルキフェルに対して親愛以上の情念を抱いているのだが、ルキフェルは兄ベリアルと互いに想いを寄せ合う恋仲にあると、なぜか勘違いしているため、どうせ叶わぬ恋ならば、せめて今の関係を壊すまいと想いを秘めて、居心地のいい姉弟関係に甘んじている思い込みが激しいタイプのヘタレである。
なおルキフェルは自身に向けられているミカエルの恋慕や、それに伴うベリアルに対する敵愾心含めて、諸々と察しているが、事実を伝えたところで特段状況は変化しないので、義弟に要らぬ恥をかかせまいとする姉の情けで素知らぬ顔をしている。
三人の天使の微妙な三角関係を知る者は少ないため、天界では単にベリアルがミカエルに敵視されていると噂されており、またしても何もしていないのに悪評が広がっていくベリアルなのだった。
ところで、幼い少女の姿を持つ天使と言えば、ルキフェルやガブリエルと並び、死の天使サリエルもその候補に挙がる。しかしサリエルは、サマエルことアスモデウスに対する凶行を始めとした、弟妹に対する様々な暴走行為が常日頃公然と行われていることから、天界に於いては狂気のお姉ちゃんと言う名の単一種族との認識を受けており、興味よりも恐怖が先立つタイプの危険生物扱いなので、彼女に恋慕を抱ける猛者は居ない。
―――
真祖と悪魔の娘アニマ~引きこもり姫のグリモワール編纂日記。神話級の友人達と行く魔法蒐集の旅~ 怪獣大熊猫 @kaijupanda
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