最終話 ずっとそばに

(貴志視点) 


 あれから二年。

 彼女は水を得た魚のように生き生きと仕事をしている。

 

 嬉しい反面、複雑な気持ちだ。

 僕が賞を取って忙しくなったとき、葵ちゃんが言っていた。


 ――本当に良かったと思ってるのに、寂しくてたまらない。


 今ならその気持ちがよくわかる。

 彼女が自分の夢を叶え、さらに遠くへ羽ばたいていくのをずっと見守ってきたのに、いつからか、置き去りにされたような寂しさを感じている。


「小さい男だな……」

 思わず独り言が口をついて出る。



「ごめんね、遅くなって」

 駅の改札から葵ちゃんが出てきた。

「ううん、僕もさっき来たとこだから」

「ほんとに?」

 葵ちゃんは、僕の頬を両手ではさんだ。


「つめたっ! もうっ、風邪引いちゃうでしょ。いつもの店で待ってればよかったのに」

 

 改札口には、晩秋の冷たい風が吹き込んでいた。


「大丈夫だよ。また葵ちゃんのファンに見つかっても困るし」


「このまえは特別よ! わたしの顔なんてそんなに知られてないのに、ちょうどイベント帰りの子たちがあそこに集まってたから」

 

 葵ちゃんはムキになるが、彼女の顔が知られてきているのは事実だ。


 最近の声優は、実力はもちろんだが、見た目もかなり重視される。若くて可愛くて実力があるのだから、人気が出るのは当然だ。


 アイドルを目指す少女たちのアニメに出演したときは歌も歌っていたが、他の声優たちと比べても全く遜色そんしょくなかった。

 イベントのステージ上でも、誰よりも輝いて見えた。


 それにひきかえ、僕は冴えないままおじさんになりつつある。どう見たって不釣り合いだろう。

 

「どうしたの? 暗い顔して」

 葵ちゃんが僕の顔をのぞき込む。


「なんでもない。どこに行こうか。夕食には少し早いかな」


「わたし行きたいとこがあるんだけど、付き合ってくれる?」


「もちろん。どこにでも付き合うよ」

 

 彼女は謎めいた微笑みを浮かべ、高層ビル街へ足を向けた。



 ***


 僕たちを乗せたエレベータは、ぐんぐん上昇していく。


「えーっと……葵ちゃん? どこへ……」

「どこにでも付き合ってくれるんでしょ?」

「あ、うん。それはそうなんだけど」


 34階でエレベーターが止まった。

 彼女は僕の手を引き、高級そうな絨毯の敷かれた廊下を歩いていく。


 3425と書かれた部屋の前で立ち止まり、カードキーを差し込んだ。化粧を直してくると言って姿を消したときに手に入れたのだろうか。


 部屋の中に入ると、大きなベッドが目に飛び込んできた。


「行きたいところって、ここ?」

 緊張で声がかすれる。 


 質問が気に入らなかったのか、葵ちゃんが怒りに満ちた表情で振り返った。


「そうよ。だって、こうでもしないと手を出してくれないでしょ。わたし、もう二十歳はたちよ。子どもじゃないんだから。友だちはとっくに経験してるのに……」

 

 彼女の目から涙がこぼれ落ちる。


「わたし、そんなに魅力ない?」


「まさか! 葵ちゃんはじゅうぶん魅力的だよ。ただ……僕が臆病だったんだ」


「バカ! ヘタレ! おたんこなす!」

 葵ちゃんは思いつく限りの悪口を言いながら、僕の胸をぽかぽかと叩いた。


 僕は馬鹿だ。

 彼女がこんなに追い詰められていたなんて、全然気がつかなかった。


 恥ずかしがってる場合じゃない。みっともなくても本当の気持ちを伝えなきゃ。


「ずっと抱きたかったよ! 素肌に触れたい、身体の隅々まで知り尽したい。いつだってそんなことばかり考えてた!」 


 葵ちゃんは目を丸くして僕を見ている。


「好きなひとがそばにいるんだから当然だろ。……だけど、仕事が大変そうだなとか、僕なんかじゃ不釣り合いだよなとか、余計なことばかり考えて手が出せなかったんだ」


「そんな……相変わらず、自分に自信がないんだね」


「でも、葵ちゃんのことは誰よりも愛してるから、その気持ちだけは信じて欲しい」


「だったら、今すぐわたしを貴志くんのものにしてよ」


「葵ちゃん……」


 涙に濡れた瞳に吸い寄せられるようにキスをした。

 

「もう手放せなくなるよ。それでもいいの?」


「今さらなに言ってるの? わたしはとっくにそのつもりよ」


「はは、かっこいいな……」

 これ以上、情けない姿は見せられない。


「今日は朝まで一緒にいたい。いや、今日だけじゃなくて、これからもずっとそばにいて欲しい」


「それって、プロポーズ?」


「え?」


「違うの?」


「いや、違わないけど、今すぐってわけじゃなくて、ただ――」


「いるよ」


「え?」


「ずっと貴志くんのそばにいる。これ、プロポーズの返事だからね!」


 これは夢?

 自分の頬をつねると、葵ちゃんが楽しそうに笑った。

 そうか。僕と彼女の物語は、これからもずっと続くんだ。

 



 たぶん、永遠に。





 完      



―――――――――――――

長いあいだ応援してくださり、フォローや応援コメントありがとうございました!

皆様のコメントに励まされたり、刺激を受けたりしながら、最後まで書くことができました。葵と貴志(ついでに重松と茉莉花も)を温かく見守っていただき、本当に感謝しています。

(あとがき代わりに、あとで近況ノートを書きますね)


コンテストに参加中なので、少しでも面白かったと思っていただけたら、お星さまを押して評価をお願いします!

☆3つじゃないからつけにくいという読者さま!

いくつでも喜びますのでぜひお願いします!!m(__)m

(必死ですみません)

最後に宣伝です。

こちらもほのぼのとした短編ですので、良かったら読んでみてください。

「海辺の探し物」

https://kakuyomu.jp/works/16817330668513283527             

 

ありがとうございました!

 

 






 

 





 

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【完結済】長編版 スミレ荘の恋物語  陽咲乃 @hiro10pi

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