オーディションの結果

 テープオーディションは無事に通過し、2次審査のスタジオオーディションに呼ばれた。

 テストで台本のセリフを読んだあと、審査員から指示があれば演技を修正しなければならない。表現の幅や柔軟な対応ができるかどうかもチェックしているのだろう。


 有名な声優さんも順番を待っていたが、無理だと思う気持ちより、この役だけは譲れないという気持ちの方が強かった。作品に対する愛情だって、誰にも負けない自信がある。


 面接でもその気持ちを前面に押し出したのが伝わったのか、なんとなく監督さんの反応が良かったような気がした。


 そしてそれは、気のせいではなかったらしい。

 わたしはオーディションに合格して、切望していたクレア役に抜擢された。


 ***


 制作発表では、女子高生がヒロインに選ばれたとそれなりに話題になり、メディアにもぼちぼち顔を出すようになった。


 そんなとき社長から呼び出されたので、激励の言葉でもくれるのかと思えば――。

  

「しばらくは美作さんとの外出は控えた方がいい。彼はキャスティングには関わってないが、原作者の恋人だからコネで選ばれたなんて言われたくないだろ?」


「……はい」


「なに、番組がスタートすればすぐにわかることだ。香月かづき愛生あおいはクレア役を実力で勝ち取ったんだとね」


 イケオジ社長はわたしに完璧なウインクを寄越した。母なら大喜びしたことだろう。


(しょうがない。デートはしばらく我慢しよう)


 わたしが気落ちしたのを見たからか、社長はこんなことを教えてくれた。


「監督さんとは僕も付き合いがあるから、きみに決めた理由を聞いてみたんだ。そしたら『誰よりもクレアらしかった』と言ってたよ」


 それは、わたしにとって最高の褒め言葉だった。

 


 ***


 そうして迎えた『前世大賢者だった俺は、魔法学校で青春します』初回放送日。

 

 貴志くんはうちで晩御飯を食べ、番組が始まるのを一緒に待っている。


 母が感慨深げに呟く。

「まさか、こんな日が来るなんてねえ。貴志くんが小説家になって、その小説がアニメ化されて、しかもヒロインの声が葵だなんて。なんだか夢みたいで、今でも信じられないわ」 


「僕もまだピンとこなくて……あの頃、自分の才能のなさに絶望してて、葵ちゃんがいなかったら小説家になる夢だって諦めてたかもしれない。あっ、もちろん、お母さんに色々とお世話になったおかげもあるんですけど」


「やあねえ、そんなこと言わなくていいのよぉ。夢を追う若者を応援したかっただけなんだから。せっかくお隣になったんだしね」


「でも、そうだよね。スミレ荘に引っ越してこなければ、貴志くんと付き合うことも、わたしが声優になることもなかったかもしれないもんね」


「きっと、僕たちが出会ったのは運命だったんだよ」


「貴志くん……」


「ちょっと! わたしを仲間はずれにしないでよ」


 そうこうしているうちに放送時間がきた。金曜夜11:30スタート。結構いい時間帯だ。


 3人で食い入るようにテレビの画面を見つめる。CMが終わるとアニメのオープニング曲が流れ始めた。勇ましい感じの音楽とパワフルな歌声。

 そして、画面の中を駆け回る登場人物たち!


「来た―――ッ!」

「ウオ―――ッ!」

 わたしと貴志くんの歓声がスミレ荘に響き渡る。


 それからは番組が終わるまで興奮しっぱなし。大好きなキャラクターたちが、喋って動いて魔法を使って、もう最高だった!


 問題はわたしの声。

 お母さんは褒めてくれたけど、自分ではよくわからない。監督さんの指示通り、精いっぱい演じたけど、はたして漫画や原作のファンたちに受け入れてもらえただろうか。

 

 そして、なによりも怖いのは、隣にいる原作者だ。


 番組の収録中、貴志くんは何度か録音スタジオに来てくれた。

 お互い初対面の振りをしていたので、傍から見ればただの原作者と新人声優。貴志くんの見ている前で、監督さんのダメ出しも容赦なく飛んだ。


「美作さんの意見も聞かせてください」と監督さんに言われ、「じゃあ、ここはもう少し怒った感じで。こっちは……」と、遠慮しながらもズバズバとダメ出ししていたのを思い出す。

 

 今日の放送を見てどう思ったかな。ガッカリしてないといいけど。


「葵ちゃん」


 貴志くんに名まえを呼ばれ、思わずビクッとした。

 感想を聞きたいけど、聞くのが怖い。


「クレアの声、すごく良かったよ!」

 貴志くんの目が輝いている。

「ほんと?」

「うん。想像通り、ううん、想像以上だった」

「良かったあ……」


 安心したせいか、急に涙がこみ上げてきた。


「良かったね、葵」

「お母さん……うん、ありがとう」


 その後、茉莉花が興奮して電話をかけてきた。


「え? ちょっと興奮しすぎて何言ってんのかわかんないよ」

 おかしくて笑ってしまう。

「ああ、もうっ! とにかく、最高って言いたかったの!」

「アハハ。うん、わかった。ありがとね」


 この日、お母さんは祝い酒だと言って缶酎ハイを2本飲み、気持ち良さそうに先に眠ってしまった。


 貴志くんとわたしは、「全然眠くならないね」と言いながら、カーテンの向こうが明るくなるまで話をしていた。

 


―――――――――――――

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

フォロワーさんも少しずつ増えてきて、とてもありがたいです。

いよいよ次が最終話。今週の土曜日に公開予定です。

最後までよろしくお願いします!


 





 


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