進路とオーディション

 高校3年になり、卒業後の進路について考えなければならなくなった。


 大体の友だちは大学に進学希望。専門学校を選ぶ子もいるが、卒業してすぐに就職という話はあまり聞かない。


「茉莉花はどうするの?」


「大学進学かなあ。でも、うちは余裕ないから奨学金を借りなきゃいけないんだ。将来、それを返すことを考えると……」


「ああ……奨学金って言えば聞こえはいいけど、ただの借金だもんね」


「だからといって、卒業してすぐに就職っていうのもねえ。もうちょっと時間が欲しいというか……葵はどうするの? 声優の仕事は続けるんでしょ?」


「うん。たぶん進学はしないと思う。杉田さんにも、続けるつもりなら本腰入れろって言われちゃったし」


『初恋の神様』に出演した後、事務所に相談して本名から芸名に変えてもらった。思ったより学校での反響が大きく、怖くなったのだ。

 家まで後をつけられたりして、お母さんにも貴志くんにもずいぶん心配をかけた。今は香月かづき愛生あおいという芸名で仕事をしている。



『前世大賢者だった俺は、魔法学校で青春します』の漫画と小説は売れ続けているが、残念ながらアニメ化の話はまだない。

 

(売れてる漫画や小説が全部アニメ化されるわけじゃないもんね)


 貴志くんが知らないだけで、出版社と制作会社のあいだで頓挫とんざした可能性もある。

 だけど、声優になりたいと思ったきっかけはどうであれ、今はこの仕事にやりがいを感じてるし、続けたいと思っている。

 そんな気持ちを話すと、貴志くんは安心したような表情を浮かべる。


 相手の人生を変えてしまったかもしれないという責任のようなものを、貴志くんも感じていたのかもしれない。



 ***


 季節が夏に変わった頃、とうとう待ちに待ったニュースが飛び込んできた。


「アニメ化、決定だって!」

 出版社からの電話を受けた貴志くんが、その場でわたしに教えてくれた。


「ちょっと前に話がきてたんだけど、はっきりするまで言えなかったんだ。ごめんね」


「そんなの、わたしがガッカリすると思ったからでしょ。やったね! 凄いよ、貴志くん。ほんと凄い。よくここまで頑張ったね」


「はは、ちょっともうやめて。なんか、泣けてきた」


「やだ、もう……」


 ふたりして、嬉し泣きが止まらなかった。

 


 それから数日後、ヴォイスの社長と話をした。わたしがなぜ契約したのか思い出してもらうためだ。


「わかった。オーディションは受けられるようにしよう。確かに約束したしね。だが、メインキャストを狙うなら相当頑張らないと無理だぞ。実力のある売れっ子たちがライバルになるだろうからね」


「わかってます。チャンスさえもらえればつかみとってみせますから」


「いいねえ。おじさん、そういうの嫌いじゃないよ」



 ***


 待ちに待ったオーディション用の台本が送られてきた。

 これを声優が読み上げて録音し、アニメの制作会社に返送する。いわゆるテープオーディションだ。これに通過するとスタジオオーディションへと進むことができる。


 社長はわたしにクレア役の台本をくれた。嬉しい反面、どうしてクレアなのか気になったので杉田さんに相談してみた。


「ベロニカって感じじゃなかったんですかね? どう思います?」


「なんだよ。クレアじゃ不満なのか?」


「違いますよ! 不満なわけないじゃないですか。ただ、杉田さんは小説読んでるからわかると思うけど、クレアならもっと高貴な感じのする声が選ばれると思ってたから……」


「ああ? おまえ、ほんとにわかんないの?」


「なんですか。わかりませんよ」


「クレアのモデル、おまえだろ?」


「……は?」


「まさか気づいてなかったとはな」


「え?? いや、そんな……ええーっ⁉」


 だってクレアって、伯爵令嬢で、品があって、妖精みたいな雰囲気で、だけど結構気が強くて、オスカーのことが大好きで、彼に負けない魔法使いになろうと頑張る女の子で……。


「そんな素敵なヒロインなのに、わたしなんかがモデルのはずないですよ! 杉田さんの勘違いです」


 わたしが抗議すると杉田さんが言った。


「じゃあ、作者に聞いてみろ。あいつがどんな顔するか楽しみだな」


「なっ、そんな恥ずかしいこと聞けるわけないじゃないですか!」


「だが、もしそうだったらどうする? この役、誰かに取られてもいいのか?」


「そんなの、嫌に決まってます! もしそうなら、クレアは絶対わたしがやらなきゃ」


「そうだな。十中八九、テープオーディションには受かるだろう。あとは現場で

もぎ取ってこい!」


「もちろんです!」


 ああ……杉田さんって人をあおるのがほんと上手いなあ。

 もし落ちたとしたら、自分のために当て書きされた役を他の人に取られるようなもんでしょ。


「そんなの絶対嫌だし、情けなさすぎる!」

 わたしはさらに闘志を燃やした。



 テープオーディションの結果を待つあいだ、本当にわたしがモデルなのか貴志くんに聞いてみようかと思ったけど無理だった。


「なんで? 訊けばいいじゃん」

 茉莉花にしれっとした顔で言われ、

「だって相手は伯爵令嬢だよ? もし違ってたらとんだ赤っ恥じゃない。貴志くんの困った顔が目に浮かぶ……」


「でも、言われてみれば、似てるような気もしなくもないような?」


「それ、似てないってことだから!」


「いや……クレアって、オスカーのことが大好きで彼のためなら何でもしちゃうようなとこあるでしょ。献身的っていうか……そういうとこがちょっと似てるかなあって」


「う、それは……」


 言われてみれば、確かにそうかもしれない。クレアのそういうところにはすごく共感できるし。


「だから、自信持ってがんばりなよ! 応援してるから」

「うん。ありがとう」


 茉莉花に元気をもらい、テープオーディションの結果が出るのを待った。




 ―――――――――――――――


 ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

 いよいよあと2話で完結です。


 欲を言えば、このままだとコンテストの中間に残るのは無理そうなので、星評価で応援していただけたら嬉しいです!

 3つじゃないからつけにくいという読者さま、いくつでも喜ぶから大丈夫です!

ヾ(≧▽≦)ノ

 それでは、最後までよろしくお願いします。

 



 







 

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