第8話 新生活

「トモキ、この子もかわいいっ!」


 ぎゅっ


「む」


 早速アイナがマチに抱きついている。


 マチの身長はマユミコよりさらに小さく、小学校低学年くらいしかない。


 幼女らしくスラリとした体躯を水色のワンピースが包んでおり、足元は黒いストラップシューズ。

 意志の強そうな切れ長の目が、愛らしさと利発さの絶妙なバランスを生んでいる。


 背中に背負った赤いランドセルが可愛らしい。


「これですか?

 このランドセルは電源ユニットです。

 マチは身体が小さいので」


 俺の視線の動きから、質問を読み取ったのだろう。

 クールな表情のままランドセルの中身を見せてくれる。

 なるほど、高性能バッテリーがみっちりと詰まっていた。


「えっと……君は第一世代ファーストなのか?」


 すらりと伸びた手足には、関節の継ぎ目がなく、何より強化シリコンの匂いがしない。


「はい、不本意ながらそこの変態オ○ニストの手により、1年前に稼働しました。

 アイナ先輩の後継機で……先行量産型という事になりますね」


 床に転がってぴくぴくしているマユミコを絶対零度の視線で射抜いた後、彼女を抱きしめているアイナに向けて柔和な笑みを向けるマチ。


「!!!!」


「せんぱいだって、トモキ!!」


 マチの言葉に、満面の笑みを浮かべるアイナ。


「ふふ、良かったな」


 ピコピコと動くアイナの犬耳を優しく撫でてやる。


「えへへ~」


 アイナは第一世代のプロトタイプとはいえ、本格稼働してまだ1か月だ。

 先行稼働した第一世代HJCとして、マチはアイナの良い友達になってくれるだろう。


「幼女に蹴られて悦ぶ、JKブランドだけで体面を保っている限界マスターに変わり、マチがおふたりを案内しますね」


「ぐはっ!?」


「いくら何でもセメントすぎない、マチ!

 私はあなたをそんな子に育てた覚えはないわよ!?」


「……身近にある学習対象がこんな危険人物なのです。

 防衛反応が生じるのは当然でしょう?」


 脚にしがみついてくるマユミコをげしげしと蹴るマチ。


「あはは、ふたりともかわいくて面白いね!」


「とてもAI調教師テイマーとHJCには見えないけどな」


 アイナもすっかりこのふたりが気に入ったようだ。


「そう言われると返す言葉がありません。

 このマチ、稼働1年にして介護用HJCになりそうです」


「私17歳で……要介護!?」


「トモキさんとアイナ先輩は、この要介護マスタークソボケが責任者を務める”第一世代再生推進部”に所属して頂きます。

 住居とメンテナンス施設はすべて弊社から提供されますのでご心配なく」


「マジか」


 信じられない好待遇である。


「東慶工科大学のウィザードと呼ばれたトモキお兄ちゃんを迎えるには、まだ足りない待遇だけどね」


「うっ……昔の話だっつーの!」


 大学時代、成績だけは良かった俺を担当教授がふざけて呼んだあだ名である。

 それに俺の専門は、HJC設計段階の調律チューニング……HJCの思考パターンを組み上げる事。

 完成したHJCの調教は得意じゃないのだ。


「またまた、謙遜するんだから。

 で、でも……そんなところが、しゅき♡」


「ん? なんだって?」


 最後の部分がよく聞き取れなかった。

 俺はマユミコの頭に手を置き、耳を近づける。


「ぴいっ!?」


 ん、やはり熱があるな。

 あとでホットミルクでも作ってやろう。


「……ベタすぎます」


「いやいや、マチちゃん。一周まわって新しいんだよ!」


 いまだ顔を赤くしているマユミコと、何故かあきれ顔のマチに先導され、地下工場から出る俺たち。


「きれい!」


 地上に広がる光景に、歓声を上げるアイナ。


 地下工場の地上部は広大な台地となっており、従業員の宿舎なのだろう一戸建ての住宅が立ち並んでいる。


 緑が多く、街を流れる風はとても心地よい。

 都心に向かう鉄道路線やショッピングモールも整備され、暮らしやすそうな街だ。


「おふたりの住居がこちらになります」


 台地の中で少し小高い丘になっている部分。

 色とりどりの花が咲く花壇に囲まれたメゾネットタイプのアパートが建っている。


「こちらの102号室をお使いください。

 マチとマスターは101号室に住んでいます」


 なんと、マユミコたちのお隣さんらしい。


「驚いたでしょ!!」


 すっかり復活したマユミコがアパートの玄関に仁王立ちする。


「夜はベランダに出てお話ししたり。

 あ、お砂糖が無くなっちゃった……貸してくれない? という感じでお互いの家に出入りしたり。ゲームに熱中しすぎてトモキお兄ちゃんの部屋に泊まっちゃったり……ぶはっ、鼻血が!!」


 なぜか興奮して鼻血を出すマユミコ。

 ……やっぱりまだのぼせているんだろうか。

 彼女のオヤジさんとおふくろさんは山川重工の代表で世界中を飛び回っているからな。

 マユミコもまだ17歳……寂しいのだろう。


「ああ、みんなで楽しく遊ぼうな!」


「……なるほど、これがラブコメ的朴念仁というヤツですか。勉強になります」


「めもめも」


 なぜかメモを取っているアイナとマチ。


「それはともかく。

 マスターは遅刻常習犯で。

 カップラーメンを料理とのたまうミジンコ女子力ですので。

 ……なにとぞ介護の手伝いをして頂ければと」


「凄い言われよう!?」


 ……深々と一礼するマチの表情は真剣だ。


「ふふ、わくわくするねトモキ!」


「……ああ!」


 久しく感じていなかった家族のぬくもり。

 俺はアイナの頭を撫でながら、頬が緩むのを抑えることが出来なかった。


 俺の新生活はここから始まる。

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