第7話 属性過多な幼馴染に雇われる
「な、なんだ……ここ?」
「ふおお?」
目の前に広がる光景に圧倒されてしまう。
アイナも、目を丸くしている。
昨日の夜、電話でスカウトを受けた俺たちは、とりあえず身の回りの荷物だけを持ってリニア新幹線に乗り、はるばる山川重工の本社がある関西地方までやってきた。
最寄り駅にはダークスーツをびしりと決めた謎のエージェント集団が待ち構えており、アイナともども高級リムジンに詰め込まれ、なにがなんだかわからないまま運ばれてここに至る。
キャットウォークから見える範囲だけでも、奥行き数百メートル、高さは数十メートルはあるだろうか?
巨大な地下空間にはたくさんの産業用ロボットが設置され、最新の水素自動車や家電、果ては戦車のようなものまでが生産されている。
「どう、トモキお兄ちゃん?
山川重工の誇る、全自動AI化スマートファクトリーよ!!」
背後から聞こえてきた少女の声に振り返る。
「ふふん♪」
腰に手を当てて仁王立ちしているのは、制服姿の女子学生。
背丈はアイナよりもかなり小さく、140㎝ちょいくらいか。
ふわりと広がった金髪の先は染めているのか蒼色だ。
愛らしい大きな目の目尻はキリリと吊り上がり、額縁に飾りたいほどのドヤ顔。
関西の有名私立高校の蒼ブレザーに、白いスカート。
厚めのタイツにコインローファー姿の少女は俺の幼馴染、山川 真由巫女 ヘンダーソン。
愛称マユミコだ。
「私の変わりように驚いているようね!!
山川重工共同CEO、IQ180のスーパー頭脳を持ち、アイドルJKインフルエンサーとなったまゆちゃんよ!!」
ずば~ん!
IQ180とは思えないアホっぽいポーズを取るマユミコ。
「……久しぶりだなマユミコ。
変わってなくて安心したよ」
ぽんぽん
最後に会った7年前と同じく、ずいぶん低い位置にある彼女の頭を撫でる。
「かわい~♡
よろしく、山川ちゃん!」
ぎゅっ!
愛らしいマユミコの様子に興味を持ったのか、彼女を背後から抱きしめるアイナ。
尊い光景である。
「いきなりの子ども扱い!?」
「ていうかお兄ちゃん、アイナ!
私の事はまゆって呼んでよ!」
アイナに抱きしめられながら、じたばたと暴れるマユミコ。
こういう子供っぽい所は変わっていなくて安心する。
「つーか
”事故”のあと、何も言わずにいなくなりやがって……。
めっちゃ心配したんだぞ?」
むにむにとマユミコの頬を左右に引っ張る。
HJCの研究に明け暮れていた俺の両親とマユミコのオヤジさんたち。
お兄ちゃん、お兄ちゃんと俺の後をついてくるマユミコとよく遊んでやったもんだ。
懐かしいな……。
「ご、ごべんなさい」
とたんに涙目になるマユミコ。
ちょっとカワイイ。
「パパもあの事故で怪我しちゃったし、プロジェクトに出資していた欧米の企業にママが呼び出されちゃって、一緒にイギリスに行ってたのよ」
「……まあ、大変だったもんな」
マユミコのほっぺから手を放す。
それをきっかけに発生した混乱はすさまじいものだった。
列車の運行システムや航空管制システムは軒並みダウン。
世界各地で事故が頻発した。
株式取引所のシステムはハッキングされ、莫大な損失が発生。
そして、暴走を止めようとしていた俺の両親がいた大学の研究室に、ハッキングされた旅客機が落ちてきて……。
大反乱の原因は今もって不明。
”アカシックレコード”のコードネームで呼ばれた未知の集合知と接続しようとして発狂した……というオカルトじみたうわさが定期的にネット上をにぎわすことはあるものの、AI技術者としてそれはねーなと思う。
AIはあくまで膨大な学習成果とネットに溢れる情報の中から、最適なモノを返してくれるに過ぎない。
何かの要因で、”破壊”を答えとしてしまったのだろう。
「山川ちゃん、いい匂い~♪」
「ちょっ、ま、くすぐったいったら!」
マユミコを弄んでいるアイナにしたって、”人格”の土台となる情報があるはずなのだ。
『やっぱり、トモキちゃんに妹が欲しいわね!!』
『じゃあ、早速今日頑張るか!!』
『いや~ん♡』
……ともすれば、俺の両親の願望がアイナに反映されている可能性もある。
「それはともかく……」
「おかえり、マユミコ」
疎遠になっていた幼馴染との再会。
そして彼女が窮地にある俺たちを救ってくれたのだ。
「ありがとう」
俺はアイナに抱きしめられたままのマユミコの頭を優しく撫でる。
「……はうっ」
とたんに真っ赤になるマユミコ。
ふむ……熱でもあるんだろうか。
アイナの体温は人間より高いからな、のぼせてしまったのかもしれない。
「ふむ~、山川ちゃんってトモキのカノジョさんなの?」
「うおおおおおおおおおっ!?」
アイナの無邪気な問いかけに、なぜか全身を震わせて目を見開くマユミコ。
む……少し鼻血が垂れている。
本格的にのぼせているようだ。
早急にアイナから引き離してやる必要があるだろう。
「違うぞアイナ。
コイツは幼馴染で……可愛い妹みたいなもんだ」
「いもーと?」
「ほら、マユミコを離してやれ。
のぼせすぎて鼻血だしてんぞ」
「むっはああああああああああっ!?
やっぱそうだと思っていたけど、この落差もまた快感!?!?」
アイナから解放されたマユミコは、床でびくびくと悶えている。
聡明な少女なのだが昔からたまにこうなる……相変わらず変なヤツである。
「むむ、特定感情Lをけんち……なるほどなるほど」
そんなマユミコをスキャンし、頷いているアイナ。
この惨状から何を学習したというのだろう。
「だがしかし、ここからの逆転による落差を想像すると……まゆちゃん、濡れ……!!」
げしっ!
「ぐはっ!?」
「なにを発情しているんですか、このド変態。
掃除ロボットの身になってください」
何やら危険な事を口走りかけたマユミコを、どこからか現れた少女が蹴り飛ばす。
「ども」
「型番:HNAJC-T0007
HJCのマチです。
ウチの変態マスターが失礼しました」
黒髪の少女、マチはそう言ってちょこんと一礼したのだった。
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