第10話 アイナの成長その1(後編)

「まずは、適当な生産ラインを制御させてみようかしら。

 アイナ、こっちにきて」


「は~い」


 お気に入りのピンクのスニーカーを履くと、とてとてとマユミコの後を追うアイナ。


 身長差のある姉妹みたいでとても可愛らしい。

 どちらが妹みたいかは、言わないでおいてやる。


「マスターはドMですから、ぜひ口に出してあげてください」


「……そうなのか?」


 オフィスを出て、工場区画に向かう。

 到着したのは自立型サーキュレーターの生産ライン。


 カニ型のロボットが、せわしなく動いてサーキュレーターを組み立てていく。


「生産ラインをスレイブモードに設定……アイナ、生産工程仕様書はいま送った通りよ」


「うんっ!」


 アイナは目を閉じると、尻尾の先から電源ケーブルを伸ばし、生産ラインの横にある制御用コンソールに接続する。


「生産工程仕様書、くりあ。

 カニ型ロボットちゃん、K1からK12まですれいぶ……おっけー」


 知識の検索や解決策の提案と並び、その処理能力を生かした産業用ロボットの制御もHJCの大事な仕事である。


 AI的なお仕事に比べると基礎、なのでHJCとして駆け出しのアイナにも問題なくこなせる作業のはずだ。


(がんばれ……!!)


 心の中でエールを送る。


「生産ラインYM01-SK003……稼働開始!」


 ヴンッ!


 アイナがその紅い瞳を見開いた瞬間、カニ型ロボットの目の部分に取り付けられたLEDが緑色に輝く。


 ガシャガシャ


 ロボットたちは決められた位置に動き始めるが……。


「ふおっ!?」


(かにさんいっぱい……難しいよ!?)


「ん?」


 一瞬、アイナの声が脳内に聞こえた気がしたが……。


 それが何かを確認する前に、あわあわと慌て始めるアイナ。


「あれあれ……ふぎゃっ!?」


 がしゃがしゃ……がしゃ~ん!


 ベルトコンベアに流れてきた部品を取ろうとしたロボットの一体がよろめき、ほかの一体にぶつかる。


 どさどさっ。


 転んでしまった二体のカニ型ロボットは、他の個体を巻き込んでドミノ倒しを起こしてしまい……。


 ブブーーーッ!!


 ブザーと共に生産ラインは止まってしまうのだった。


「はううぅ……山川ちゃん、トモキ、ごめんなさい~」


「アイナ、大丈夫か?」


 涙目になったアイナの元に慌てて駆け寄る。


「大丈夫、過剰なフィードバックはカットしたわ」


「う~ん、ロボットたちをスレイブしたところまでは正常だったんだけど、ライン全体を動かそうとしてオーバーフローしたわね。基礎学習が足りない? でもこのレベルの制御エンジンはHJC以前のAIでも問題ないわよね」


「平均より発達した感情と、機械制御のマッチング部分かしら?」


 コンソールに吐き出されるエラーログを見て、頭をひねっているマユミコ。

 俺は機械的な制御システムには詳しくないのでそれは専門家マユミコに任せておくとして、一つだけ気になることがあった。


「トモキ~あうあう」


 涙目で抱きついてくるアイナの頭を優しく撫でてやりながら、俺はゆっくりと目を閉じる。


 先ほど聞こえたアイナの”声”。


 AIが持つ”感情”は、膨大な学習成果を用いてプログラムで疑似的に再現しているものに過ぎない。

 だが、ソイツを構成するプログラムを制作するとき、作り上げようとする個体(AI)の”心”を感じることがある。


 ぴくん


 なにかを感じたのか、アイナの犬耳がピンっと立てられる。


 俺は昔から機械と”対話”することが出来た。

 対話できたのは自販機などの単純な機械や、開発中のAIの一部に限られていたが。


 遥かに複雑であり、感情を持ったHJCとは、普通に会話できるので試していなかったのだ。


 アイナの”心”と会話する。


(カニさんたちが一度に返事したから、混乱しちゃったの……)


(なるほど)


 アイナのAIレベルでは、感じたことすべての言語化はまだ難しい。

 彼女の心に触れることで、アイナの想いがすっと頭に入って来た。


 再稼働してずっと、アイナは俺とマンツーマンで調教を繰り返してきた。

 一対多という状況に驚いてしまったのだろう。


(カニ型ロボットに番号が付いているだろ?

 01から順に動かしていくんだ。01が担当する部品を取り付け、02に制御を渡す……ほら、生産工程仕様書の7ページに書いてある)


(ふんふん、なるほど)


 きっかけさえ与えてやれば、アイナは超高性能な第一世代である。

 スポンジのように生産工程仕様書の内容を吸収していった。


 ヴンッ


 転んでいたカニ型ロボットの目が緑色に光り、元の定位置に戻っていく。


「え、アイナの学習スコアが急上昇?

 覚醒スコアも上がってる?」


「なんと……!」


 驚きの声を上げるマユミコとマチ。


 俺がゆっくりと目を開けると、キラキラと輝くアイナの赤い瞳が目の前にあった。


「トモキ……!

 トモキの声が聞こえたよ!」


 ぎゅっ!


 抱きついてくるアイナを優しく抱き上げてやる。


「アイナ、やってみろ」


「うんっ!」


 ドヤ顔アイナの逆襲が始まる。



 ***  ***


 ヴンヴンヴンヴン……


 ベルトコンベアーの駆動音が響く。


「そこっ!」


 アイナの指示に従い、カニ型ロボットは全く無駄のない動きで部品を取り上げ、外枠だけだったサーキュレーターに取り付けていく。


「え、部品取り付け作業のミス率0.0000000021%!? 物凄い精度です!!」


「はあ!?」


「それに、取り付け時の反動を使って次の作業に移っています……消費電力および、可動部分の消耗率が7%低減」


「ウソでしょ!?」


「ふっふ~んっ♪」


 ドヤ顔のアイナと驚くマユミコとマチ。


 あれ、俺とアイナ、何かやっちゃいました?


 その後も生産ラインは順調に動き続け……アイナの学習大作戦は成功のうちに終わったのだった。



 ***  ***


「ふひぃ~、つかれたぁ♪」


「あ、マチちゃん、さっきの最適化パッチは山川ちゃんに送っといたよ」


 一仕事終えて、満足そうに伸びをするアイナ。

 セーラー服からちらりと覗いたおへそに目を奪われる悲しい童貞俺。


「ウソ、でしょ?

 この生産ラインの最適化はマチと半年前に実施済み……それからこれだけ効率を上げるなんて!?」


「凄いです、アイナ先輩……!」


「どーだっ!!」


 先日の覚醒の時のように、冷却モードに入ることなく、さらなるドヤ顔を見せるアイナ。純粋無垢な雰囲気はそのままに、少しだけきりっとしたかもしれない。


「それはAIレベルが上がったからですね。

 こちらをご覧ください」


「ふむふむ?」


 ヴンッ


 アイナのステータスが投影される。

 ======

 ■機器情報

 アイナ(AI-NA)

 カテゴリー:第一世代(ファースト)

 型番:HNAJC-T0001

 製造場所:TGF01

 AIレベル:5(+3)


 ■学習スコア

 味覚:    41

 嗅覚:    18

 触覚:   111(+80)

 知覚:   105(+55)

(ロックされています)(+20)

(ロックされています)


 ■ステータス

 センス    38(+31)

 知力     63(+48)

 体力(AIP)  121(+72)

(ロックされています)

(ロックされています)

(ロックされています)

 演算能力  26,730APS


 覚醒(エウレカ)LV03

 ======


 学習スコアやステータスが大幅に増加している。

 それに、いくつかのパラメーターが追加されている。マチがステータス画面を改修してくれたみたいだ。


 ……って!?


「マジかよ!?」


「アイナ、ぱわ~あ~っぷ!!」


 可愛くVサイン。


「この短時間でAIレベルが3も上がっている!?

 トモキお兄ちゃん、なにしたの!?」


「アイナの、声が聞こえた……」


「なんか無駄にカッコいいし!?」


 こうして、俺たちは大きくアイナを成長させることが出来たのだった。

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上司の陰謀で担当する事になった廃棄寸前のAI娘が実は人権性能だった ~嫉妬した上司にクビにされたけど、神AI調教師(テイマー)として可愛いAI娘と幸せになります~ なっくる@【愛娘配信】書籍化 @Naclpart

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