第3話 AI少女の覚醒

「だへ~、からから(;O;)」


 もっと強い刺激をちょうだい!!


 会社に戻り、鼻息荒くスタートしたアイナの激辛麻婆豆腐チャレンジは、予想通りの結末を迎えていた。


「したがひりひりする~」


 マグマのように真っ赤な激辛麻婆豆腐。

 辛い物好きな俺でも躊躇するそいつを一口食べたアイナは、一瞬で涙目になると俺にしがみついてきた。


「あまり無理すんなよ?

 ほら、ミルクだ」


「ううっ、ありがとうトモキ……」


 紙コップに入れた牛乳を手渡すと、一息で飲み干す。


「ふひ~♪」


 ひりひりが無くなったのだろう。

 ふにゃりと笑うアイナの頭を優しく撫でてやる。


「すりすり」


 嬉しそうに身体を寄せてくるアイナ。

 そのぬくもりは殆ど人と変わらない。


 ああもう、可愛いな。


 それに、アイナは俺を馬鹿にするレンヤさんに対して本気で怒ってくれた。

 なんとか彼女を最高のHJCにしたい!

 俺はありったけの愛情を込めてアイナを撫で続けた。


 ぴこん


 ノートPCから通知音が聞こえ、アイナのステータスが更新される。


 ======

 ■機器情報

 アイナ(AI-NA)

 カテゴリー:第一世代(ファースト)

 型番:HNAJC-T0001

 製造場所:TGF01

 AIレベル:1


 ■学習スコア

 味覚:    31(-2)

 嗅覚:    12(+1)

 触覚:    24(+2)

 知覚:    3

(ロックされています)(+100)

(ロックされています)


 ■ステータス

 センス    5

 知力     3

 体力(AIP)  44

(ロックされています)(+20)

(ロックされています)

(ロックされています)

 ======


「って、味覚は下がってるし!!」


 嗅覚と触覚は散歩の成果だろう。

 だが、強すぎる麻婆豆腐の刺激は味覚の学習スコアを下げてしまったようだ。


「どうすればいいんだ……?」


 もう何度目になるだろう、PCの前で頭を抱える俺。


 第二世代セカンドHJCが実用に耐える最低限のAIレベルは10。

 平均して1000ポイントほどの学習スコアが必要になる。

 3週間の調教を経たアイナの学習スコアはトータルでわずか70。


 このペースではとても間に合わない。


「なんかこう、いちどに色々な刺激を学習できる方法は……プリンを2つ同時に食べながら絶叫マシンに乗せるとか?

 ……って、アレ?」


 煮詰まった思考が明らかにダメな方向に向かいそうになった時、あることに気付く。


 ■学習スコア

(ロックされています)(+100)


 ■ステータス

(ロックされています)(+20)


 ロックされていて見ることのできない謎の学習スコアとステータスが上昇している。


「アイナ?」


 何か変化があっただろうか?

 腕の中で甘えるアイナを見やる。


「えへへ♡」


 心なしか、頬が赤い。

 大きな瞳も潤んでいる。


「トモキぃ」


 なにか様子が変だ。

 心なしか、声まで甘い。


「ど、どうした?」


「トモキを元気づけたい……けんさく」


 目を閉じるアイナ。

 ネットに接続し、情報を探しているのだろう。

 こう言う所はさすがHJCである。


「これだっ♪」


 にっこりと笑ったアイナが発した、衝撃の言葉だった。



「えっと……おっぱい揉む?」



「………………は?」


 純粋無垢な笑顔から放たれたあんまりな言葉に、思考が完全にフリーズする。


 おっぱい?


 旧時代のプログラム言語に、そんな命令があっただろうか?

 いや、第1世代のHJCは一部言語野の再現率に課題があったはずだ。

 恐らく彼女は、おっぱいじゃなくてoccupy(おきゅぱい)といいたいのだろう。

 単語の意味は……”支配して?”、”使って?”


 !?!?

 さらにヤバくなったぞ!!


「ほらほら。

 赤ちゃんみたいに甘えていいんだよ~。

 はいっ、ばぶばぶ」


 セーラー服姿のあどけないママなんて、どういうプレイなんだ!?


 混乱する俺に、かまわず身体を寄せてくるアイナ。

 生体パーツをふんだんに使用したアイナの身体はとても柔らかくて。

 ネットのエロい情報を取り込んで、おかしくなってしまったに違いない。


 駄目だ……!

 模範的な理系大学生だった俺は当然のごとく童貞である。

 アイナは超絶かわいいが、俺には彼女を一人前にする責務がある。


 いくらアイナが許してくれるとはいえ、一時の欲望に負けて彼女を汚すわけには……。


 そう、落ち着いてまずは再起動だ。

 俺は震える手で彼女の首の付け根部分にある再起動ボタンに手を伸ばす。


 だがアイナはより強く俺に抱きついてきて。


 むにゅん!


 あああああああああっ!?


 人工物には思えないぬくもりと柔らかさが俺の全身を襲った。

 途切れそうな理性を総動員して……俺はアイナの身体を押しのける。


「し、しっかりしろアイナ!

 強制冷却モード!」


 ぺしっ!


 未練を振り切り、軽いチョップをアイナのおでこに食らわせた。

 こうすることで、刺激が強すぎてオーバーヒート気味になったHJCを抑えることが出来る。

 コマンドがなんでチョップなのかは俺も知らない。


「はうっ」

「ーーーーーー」


 どさっ

 しゅうううううう


 冷却用の蒸気を犬耳から吹き上げたアイナは俺の身体から離れると、ビジネスチェアーに座り込む。


「ア、アイナ?」


 アイナは目を閉じてうつむいており、その表情は見えない。


「大丈夫か!?」


 少しチョップが強すぎただろうか?

 俺は慌ててアイナの顔を覗き込む。


『感情知覚が閾値を超えました……一時的に”ロック”を解除します』


 キュイイインッ


「は?」


 無機質な機械音声が聞こえたかと思うと、小さな駆動音が響き……アイナが顔を上げた。


「えへっ。

 トモキの知りたいことが分かったよ!

 アイナに、まかせて!!」


 すがすがしいほどのドヤ顔。

 その赤い瞳はキラキラと輝いていたのだった。



 ***  ***


「え、えっと?」


 先ほどまでの少しえっちな雰囲気はどこへやら。


 セーラー服姿のまま素足にスリッパを履いたアイナは、鼻息も荒く仁王立ちしている。


「トモキの願いは壊れた機械を直したい……そんな時は!」


 い、いや。

 俺はオーバーヒート気味のアイナを抑えたかっただけなんだが。

 彼女はチョップをそう”解釈”してしまったようだ。


 がらがら


 アイナがオフィスの片隅から運んできたのは古いPCモニター。

 ブラウン管という数十年前の技術が使われており、学習素材として電気街で探してきたものだ。


 ジャンク品なので当然壊れていて映らない。


「この世代の機械は、流体基板やバイオコンデンサーも使われてないから……故障の原因の78%は接触不良!

 すなわち、的確な角度と衝撃を与えれば……ていっ!」


 ずびしっ!


 ブラウン管をチョップするアイナ。


 ぱぱっ


 とたんに映像がブラウン管に映る。


「一時的に直すことが可能なんだよ!

 本格修理は業者さんに頼んでね♪」


 ピッ


 俺のPCに、アイナからデータファイルが転送される。


 中身を開くと、数十万に及ぶ旧世代機械(アナログ洗濯機とかテレビだ)を直すための的確なチョップの角度と打撃速度がデータベース化されていた。

 カメラで機械の写真を撮ると、ホログラムでチョップ場所のガイドを投影してくれるアプリまで添付されている。


「お、おう?」


 コイツ自体が役に立つかはともかく、このデータをまとめるには膨大な情報を集めることが必要だ。

 アイナはこの一瞬で数十年分のSNSから関連する話題を集めたというのだろうか?


「す、すげぇ」


 すさまじい処理性能である。

 まさか……”覚醒エウレカ”?


 第一世代のHJCには、エウレカと呼ばれるモードが搭載され、論理飛躍や大幅な性能向上が可能になると聞いたことがある。

 発動させるのが非常に難しく、安定性を求めた第二世代ではオミットされた機能だ。


「ごくっ……」


 期待を込めてアイナを見る。


「ぷしゅ~」


「ふへっ、つかれた~♪」


 だが、耳から冷却用の蒸気を吐き出したアイナは、いつものふにゃりとした笑顔に戻ってしまった。


 ======

 ■機器情報

 アイナ(AI-NA)

 カテゴリー:第一世代(ファースト)

 型番:HNAJC-T0001

 製造場所:TGF01

 AIレベル:2(+1)


 ■学習スコア

 味覚:    31

 嗅覚:    12

 触覚:    24

 知覚:    43(+40)

(ロックされました)

(ロックされています)


 ■ステータス

 センス    5

 知力     12(+9)

 体力(AIP)  44

(ロックされました)

(ロックされています)

(ロックされています)

 ======


「でも、AIレベルは上がったな」


 学習スコアも今までに比べると大きく増えている。


「何かのきっかけで、一時的に覚醒したんだろうか?」


 俺の行動もしくは、ネットで集めた情報が影響したのか……初めて見つけた突破口である。


「アイナ、もう少し付き合ってくれるか?」


「うんっ!」


 嬉しそうに頷くアイナ。


「とりあえずコイツはネットにアップしておこう」


 SNSでの広報も俺の仕事だ。

 カナブンの”かなでん”がマスコットというセンスが壊滅してる弊社の公式SNSじゃ、誰にも見られないだろうけどな!


 お堅い通知が並ぶ公式アカウントだが、たまにはいいだろう。

 アイナ謹製のアプリと共に公式SNSを更新する。


「さて、仕事しますか!!」


 どんどんやる気が沸き起こってくる。

 今日の帰宅は遅くなりそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る