第2話 上司にイビられる
「…………」
何も言わず、俺たちをニヤニヤと眺めるレンヤさん。
この人は優秀なAI
さらに大学時代の同級生で、俺の上司でもある。
「もうすぐ約束の1か月だ。
自分で立候補したんだから、ちゃんと結果を出せよ?」
「……わかってますよ」
「学部の星、”ウィザード”の腕を今度こそ見せてくれるんだろうなぁ!」
にたぁり、と表情をゆがませると俺をねめつけてくるレンヤさん。
弱冠24歳で俺が所属する部署の部長を務めているというのに、なにかにつけて窓際社員の俺に絡んでくる。
うわさでは大学の卒論発表会で、俺に金賞をさらわれたことをいまだに恨んでいるそうだが……。
「業務中のサボりで、今期の査定-1な」
なにかにつけて俺の評価を下げ、”稼げる”仕事は回さない。
俺が窓際社員である原因のほとんどは、この上司のせいだった。
「……マスター。
”出来損ない”にかまっていては、予定時間を超過してしまいます。
手早く業務を済ませましょう」
適当に話を合わせて、この場から早く逃げ出そう。
そう考えた俺が口を開くより早く、ダークスーツの女性がレンヤさんの前に出てきた。
キュイン
僅かに聞こえるアクチュエーターの駆動音とほのかに香る強化シリコンの匂い。
「おお、そうだったなミル。
負け犬どもに慈悲を掛ける時間はないんだった」
「…………」
冷たい目でこちらを見るミルと呼ばれた女性。
彼女はレンヤさんが担当している
「……生体パーツを使うなど、非効率極まりない」
「ほえ??」
アイナをちらりと一瞥すると、その青い目を細めるミル。
彼女の言うように、第二世代のHJCはチタン製の金属骨格と強化シリコンで構成されており、大幅なメンテナンスフリーを実現していた。
「マスター、”スキャン”を開始します」
ヴンッ
ミルの瞳が光り、レーザー光が公園をオーバーパスする都市高速の橋脚に当てられる。
「……スキャン完了。
第23スパンに許容範囲を超えた金属疲労を検知。
5年以内に破断する確率、過去の事例から75%。
迅速な修理を提案します」
僅か数秒でスキャンを終えたミルが淡々と解析結果をレンヤさんに報告する。
「修理業者は第1~第5候補まで選定済みです。
詳細はマスターにメールしておきました」
「上出来だ、ミル」
一礼する彼女に満足げな表情を浮かべるレンヤさん。
俺たちの仕事はAI娘であるHJCの調教と育成、個人・企業からの依頼に従って様々な解決策を提案する事だ。
レンヤさんと彼が管理するHJCは社内でもトップの成績を叩き出していた。
「それに引き換え」
一仕事終えたレンヤさんの両目がギラリと光る。
「”ソイツ”は酷いものだ。
特定細胞から培養した生体パーツに疑似血液。
製造コストは第二世代の十倍以上……しかも頻繁に
「??」
忌々しそうな目でアイナを見るレンヤさん。
アイナは何のことか分かっていないようだが、レンヤさんが指摘するのは第一世代の持つ欠点。
「人を模した”女神”には真の叡智が宿る……だったか?
開発者は宇宙から電波でも受信していたらしいな」
くくっ、とくぐもった笑い声が聞こえる。
アイナの製造プロセスには非公開情報も多く、誰が開発したのかすら明らかにされていない。
「先代の不手際で
レンヤさんはこう言うが、マッチポンプもいい所である。
いくらアイナが生体パーツを使っている特別な個体だとはいえ、製造から7年たてば法的には廃棄が可能になる。
『担当に立候補する者はいないか?
……ならコイツは廃棄するしかないな』
周囲の同僚は誰も手を上げない。
アイナを救いたいと思った俺は考えるより先に席から立ちあがっていた。
『おおツナギ、やってくれるか!!
予算も限られていてな、お前の責任で1か月以内に仕上げて見せろ』
(あ……)
『出来なかったら、お前の出世の芽も無いな。
はははははっ!』
立候補しないよう同僚を買収していたのだろう。
気付いた時にはすでに遅く、俺は誓約書にサインをさせられアイナを担当する事になった。
「トモキ……」
不安そうな表情を浮かべるアイナの頭を撫でる。
まあ、後悔なんてしていないけどな。
「はっ、その様子だと望みは薄いな。
お前にお似合いの無能なポンコツAI……アホ面までそっくりだ」
ぴくっ
俺の事を悪く言うのはいい。
だがこの上司様は、アイナの事にまで言及してきた。
「だいたい、人間の細胞から培養した生体パーツを使用しているという事実がまず気色悪い。感覚強化のため、犬耳やイルカの細胞を組み込むなどまるでキメラの化け物」
ぷちっ
ばけもの。
その言葉が聞こえた瞬間、俺は右手でレンヤさんの胸ぐらをつかみ上げていた。
ガシッ
「この野郎……!
彼女は人々の希望を込めて創られた一人の”人格”だ。
取り消せよ、その言葉!」
「!! トモキ! だめだよ!?」
慌てた表情を浮かべ、俺の右腕にしがみついてくるアイナ。
……はっ!?
その重みとぬくもりに、我に返る。
「……言ってくれるなツナギ」
俺の突然の行動に、一瞬瞳を揺らし動揺した表情を浮かべたレンヤさんだが、すぐにいつもの冷静さを取り戻す。
「来週の成果発表会、期待しているぜ?
逃げるなよ」
俺の手を振り払うと、踵を返し会社の方に歩いていく。
「い~っ! トモキはダメじゃないもん!」
レンヤさんに向かってあっかんべーをするアイナ。
「…………」
ミルはちらりと冷たい視線でアイナを見た後、レンヤさんの後を追う。
「……やってしまった」
レンヤさんから日々繰り返される嫌がらせ。
たまったストレスがアイナを侮辱され爆発してしまった。
「やべぇ」
どんな理由があったにせよ、手を上げたのは社会人としてNGである。
レンヤさんの陰湿な仕返しを想像し、頭を抱える俺。
「だいじょぶ!!」
そんな俺の肩にポンと手を置くと、力強く宣言したのはアイナだ。
「アイナ、がんばる!!
つよい刺激、どんとこい!!」
ずびしっ、と伸ばされたアイナの手の先にあったのは、
『超本格!! 地獄激辛麻婆豆腐!』
という真っ赤なノボリが翻るキッチンカーだった。
*** ***
「くそっ、くそっ!
そんな馬鹿なことがあるか!」
会社に向かって歩くレンヤ。
その表情には余裕の色は全くない。
いっこうに成果を出せないツナギの奴をからかってやるつもりだった。
それなのに……。
「……あのポンコツがたった3週間で”感情”を持った、だと!?」
ヤツの担当しているAI-NA。
殴りかかってきたツナギを止めた場面でも、エミュレートした疑似感情ではなくまるで本物の人間のようだった。
AIに疑似感情を持たせるためには、膨大な調教期間が必要となる。
そもそもHJCの業務に感情は必要ないと判断されたため、今では調教過程から除外されているのだ。
「だが!」
10年程前、AIの革新を目指して秘密裏にスタートした”プロジェクト・アカシックレコード”。
その初期フェーズではHJCに感情を持たせることも研究されていた。
その一部をあのツナギがわずか3週間で実現させたなど、考えたくもない。
中断されたこのプロジェクトを完遂させることはカナデテクノスの悲願である。
だが、その中心には自分がいるべきなのだ。
「ヤツは……危険だ」
早急に手を回す必要がある。
レンヤはわき目もふらずおのれの執務室に戻るのだった。
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