第2話 自己紹介


 何故か不服そうな紫の表情。

 同じ学年・学部であればどこかで見かけている可能性は高いが、今まで眼中になかったような反応をしてしまったのが癪に触ったのかもしれないと、瑠凪はそう考えた。


「それで、こっちの子が逗子静香。経済学部……だったよね?」

「あ、は、はい……。一年生で、音羽先輩とは同じ軽音サークルに入ってます……」

「ふむ、軽音か……」


 二人のうち、会話の主導権を握っているのは紫の方だったが、弱々しい態度を見るに、解決したい問題があるのは静香のようだった。

 仮に紫が相談者だとしたら、自分でしっかりと会話ができるのに、後輩を連れてくる意味がないように思えたからだ。


「軽音サークルは毎年どこかしらでトラブルがあるからな。誰と誰が破局したとか、飲み会でイッキを強要されたとか。今回はどうした?」

「いや、私たちのサークルは女子部員だけで、おとなしい子ばっかりだからそういうのはないよ」

「ならあれか、バンドメンバーが足りないとか? ちょうど良い人材が――」

「人数も足りてる。部員は少ないけどね」


 一口に軽音サークルと言っても、公式から非公式まで二桁ほどの数がある。

 もちろん規模も大小で、最も有名なものだと100人近い在籍、逆に少ないものだと3〜4人、バンドがサークルのテイをとっているだけのものもある。

 瑠凪は自分の知っているバンドサークルをいくつか思い出してみるが、その中で女子だけで構成されるものはない。

 つまり最近できたものか、非公式に準ずるものなのだろう。

 であれば、紫はあくまで先輩として静香に付き添っているだけであって、相談内容はサークルに関係ないものの可能性が高い。

 自分達を見て思案していることに気がついたのか、紫は後輩にアイコンタクトを取り、話すように促した。


「あの……相談内容なんですけど……私、友達が出来なくて……。新入生用の講義で挨拶するようになった子はいるけど、挨拶だけっていうか……」

「個人的な話は全然しない?」

「そうなんです。私はもっと、休みの日に一緒に遊んだりできるのかなって思ってて……」

「あれだな、よっともが嫌なんだろ?」

「よっとも……?」

「大学で見かけたら挨拶するくらいで、あとは試験範囲聞くとか、都合のいい時しか話さない友達。そういう表面的なのじゃなくて、しっかり友達って言える関係性がいいんだよな」


 それです、と何度も頭を縦に振る。


「確かに、大学には新入生用、クラス制の講義もあるにはあるけど、積極的にいけない子にとっては厳しいかもしれない」

「が、頑張って話しかけようとしたんですけど、やっぱりキラキラした子が人気で……」

「わざわざ日陰にいる人間に話しかける物好きはそうそういないからな」


 その言葉を聞いて伏し目がちになった静香を見て、慌てて言葉を続ける。


「ごめんごめん。静香ちゃんのことを言ったわけじゃないんだよ」

「ねぇ、あんまり後輩のこといじめないでくれる?」


 キッと睨まれると、瑠凪は肩をすくめた。


「悪かったよ音羽さん。そんなに怖い顔しないで」

「…………」


 そこまで気に触るようなことを言ったつもりはないものの、明らかに機嫌が悪い紫の様子を見て、とりあえず放っておくことにする。

 瑠凪は立ち上がり、静香の方へゆっくり歩き出すと、彼女へ右手を差し出す。


「なら、まずは一人……友達、作ってみるか? できるかどうかは分からないけど、チャレンジしたっていう事実を作っておくに越したことはないからな」

「は、はい! お願いします……」


 差し出された手を、静香は両手で握り返した。


「依頼を受けてもらえるってことだよね。それじゃあ、私はライブの練習があるからここらへんで。静香、あとは古庵君と頑張ってね」

「はい、またサークルで……!」


 紫は瑠凪を睨むように一瞥したあと、厚底のスニーカーで器用に歩いて教場から出て行った。

 靴音が段々と小さくなっていくのを二人で呆然と聞いていたが、正気を取り戻して話し合いに戻る。


「……ってことで、早速友達作りのための作戦会議をしようか」


 こくりと頷くのを見て、瑠凪は言葉を続けた。


「最初は、そうだな……どんな友達が欲しいのか、簡単に人物像を設定してみよう」

「人物像……ですか?」

「あぁ。仮想的にでも、目的を決めておくのは大切だろ? 仲良くなりたい子がインドア系だったらグラウンドにはいないし、スポーツ系だったら図書館……には課題のためにいるかもしれないな……まぁ、そんな感じ」

「なんとなくわかりました。相手の傾向に合わせた場所やアプローチ方法があるってことですよね?」


 思いの外飲み込みが早いことに驚き、満足気に口角が上がる。


「そうそう。だから、静香ちゃんがどんな出会いを望んでいるか、それが聞きたいんだ」

「えっと……私が友達になりたいのは……」



 20分後。


「………………難しいな」


 申し訳なさそうに下を向く静香と、頭を抱えている瑠凪の姿があった。

 どんな友達が望みなのか、彼女が思い浮かばなかったが故の停滞ではない。

 むしろその逆で、「あんまり可愛いすぎると陰で笑われそうだから、程々の子がいいです」とか「私がインドア派なんで同じ感じがいいんですけど、休日連れ出してくれると嬉しいです」とか「あんまり会話上手じゃないから、出身が近い方が話題がある……かも?」とか。

 個人の価値観に依るものだったり、矛盾していたり、外見上わかりにくかったりという要望がポンポン出てきてしまったのだ。


「なんなら出身を聞けた時点で半分友達みたいなもんだけどな」

「そ、そうですよね……すみません……」


 流石に細かく理想を求めすぎているというのは理解しているようで、ペコペコと頭を下げている。


「でもまぁ、出来るだけ希望に合致する相手を探してみるよ。とりあえず二日……三日待ってもらって良い?」

「わかりました。私は何かしておくことはありますか……?」

「……とりあえず、紫ちゃんだっけ? あの子に感謝しとこ」

「……はい……そうします……」


 オチをつけるように、鋭い風が一陣舞い込み、ひゅうっと音を立てた。

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