第12話 友達
「いらんいらん。彼女なんてクソだ」
依頼を受けてから二日目の昼休み。
俺は、友人の二階堂楽人と共に食堂に来ていた。
目の前には、自分の頼んだカニクリームコロッケ定食に、楽人の頼んだ生姜焼き定食、そして頭痛を抑えるような仕草の男。
「お前なぁ……青春に恋愛はつきものだと思わないのか?」
「確かに恋愛は必要だと思うが、わざわざ彼女を作る必要はなくないか? そうやって縛りあい、お互いに期待するから裏切られた時に傷を負うし、恋人関係なんて所詮口約――」
「そういう論理的な話をしてんじゃないの!」
親切に説明してやったのだが、呆れたように肩をすくめられてしまった。
「っていうか、楽人は最近どうなんだよ? あのほら、なんてスポーツだったっけ……」
「ピチュランダな。今は全国大会に向けて猛特訓中だよ」
「全国大会!? そんなに人口いたのか」
「いや、俺たち含めて全部で4チームだ。そこで勝ち残ったチームが、ブラジルで開かれる世界大会への切符を手にするのさ」
「片道切符か」
「ちゃんと帰ってくるから!」
ロングヘアを団子に纏め、彫りの深い端正な顔立ちの楽人は、その顔の表情筋を精一杯動かしてツッコミを入れてくれる。
しかし、まるで三次元で作画崩壊したような表情はすぐに引っ込み、真面目な顔つきに変わった。
「でも、あんまりサークルに参加できなくて悪いな。俺がお前を誘ったのに……」
「いいよいいよ。自分の青春を賭けれるような運命に出会ったってことだろ? なら突き進むべきだ」
実は、俺の所属するサークルである「KL」の設立者は楽人である。
遡ること一年前。
新入生歓迎のオリエンテーションで同じ班に属することになった俺はたちは意気投合し、「記憶に残る青春を」という理念のもと、時に生徒たちの依頼を叶え、時に大学生活を楽しむための恩返しをしてもらうというサークルを作ったのだ。
しかし、蝉が人生最高の七日間をスタートさせる頃、彼に運命の出会いが訪れる。
東南アジアだかヨーロッパだかアメリカだかアフリカだか忘れたが、どこだかの国のマイナーなスポーツ「ピチュランダ」に心を奪われてしまったのだ。
どういう因果か、うちの大学にはその絶滅危惧種スポーツの専門サークルがあり、今現在。彼は世界大会へ出場するために日夜特訓しているという。
だから、本来なら一サークル員である俺が、今は部長のように振る舞っているのだ。
楽人がピチュランダの方へ行ってしまったことについて、特になにも思ってはいない。
自分のやりたい事が見つけられない人間の方が多いこの世の中で、心から挑戦したいと思えるのは幸せな事だ。
それを両手を振って応援できなければ、本当の友達とは言えない。
「暇だったり気分転換したい時はいつでも来てくれ。俺とお前で作ったサークルなんだから」
「瑠凪……! 全国大会の動画もらったらすぐに送るから、俺の勇姿を見てくれよな!」
「いや、それはいい」
「なんでだよ!?」
いや、なんかマチュピチュみたいでネーミング怖いし。
ずっと見てたら俺もお団子ヘアーになりそうだし。
「ところで瑠凪よ」
「なに?」
真面目な話はもう終わったと思っていたのだが、急に居住まいを正し、持っていた箸まで置く楽人。
「……お前昨日、めちゃくちゃ綺麗な子と一緒にいたらしいな?」
「その情報の早さはなんなの?」
どんな改まった話かと思ったら、とんでもなくどうでもいいことだった。
昨日一緒にいた子とは、十中八九、七緒のことだろう。
毎日行動を共にしているならまだしも、知り合ったばかりの交友関係までバレているとは恐ろしい。
これが情報化社会の闇ってやつか。
「ピチュランダのチームメンバーが言ってたぞ。ほら、お前軽く有名人じゃん?」
「まぁ、ピチュランダよりは確実に有名な自信はある」
「ピチュランダ舐めんなよ! 俺が本気出したら一分でお前から47点取れるわ!」
一分っていう条件が割と競技向けで凄さが伝わらないし、47点も中途半端すぎて嫌だ。
もしかして素数が重要なルールなの?
たまに審判も「あれ、次の素数なんだっけ?」って分からなくなるだろ。
「ともかく、なんで彼女作るのが青春だと思ってる俺に春が来なくて、彼女がいらないお前に春が来てるの? って話だ」
「ほら、物欲センサーってあるじゃん? 本当に欲しいキャラは天井しないと出ないんだよ」
「え、彼女作るには何で天井すればいいわけ?」
「金」
「新手の新興宗教かよお前……」
ビジネスチャンス到来か?
いや、捕まりそうだからやめておこう。
「っていうか、彼女を作るってのが青春だと思ってるからできないんじゃねぇの?」
「お前だって『青春だ!』とか言って依頼人の恋愛相談乗ってるじゃん」
「あれは特定の相手がいるからいいんだよ。俺には無理でも、他の人間なら恋人を裏切らず、裏切られない人生を送れるかもしれないし」
恋人が「クソ」だというのは俺個人の信条であって、それを他人に押し付ける気はない。
むしろ、心に傷を負っていない人間の恋愛というのは、当人達にとって良い思い出になり得る。
「ま、大体のことは身構えてる時にはこないもんだよ。焦んなって」
「またさっきの話に戻りそうだな……。でも、彼女いるってよくない?」
「どこがだよ」
楽人は、見えてもいない空を愛しそうに眺めながら、うっとりとした声で話し出す。
「だってさ、一緒にどっか行ったら楽しいじゃん?」
「だんだん行くところなくなるし、『〇〇行こ!』って大して興味ないところ指定されると萎えるぞ」
「腕組まれるとドキドキするじゃん?」
「夏は暑いし、冬はニットとかの毛が付くんだよな。コロコロ持って出かけないしマジでやめてほしい」
「いい匂いするじゃん?」
「香水とかつけて来られると匂い移るんだよな。そうやって存在をなすりつけないでほしい」
「辛い時にそばにいてほしいじゃん?」
「だからといって辛い現実が変わるわけでも、良い方向に進むわけでもないぞ」
「ぎゃ、逆に相手が辛い時は俺が一緒にいて、どうすればいいか考えてあげたいし」
「女子はそういう時、解決策を提示されるよりも共感される方が嬉しいらしいな」
「……彼女を大切にすれば、同じだけの愛を注いでくれるだろうし」
「マッチ売りの少女が見た幻覚より儚い考えだな。自分がどれだけ大切にしていても、驚くほど簡単に裏切られるぞ。女子の浮気率は一説には――」
「もういい! 俺が悪かったからやめてくれよぉ!」
何故彼女がいないのか不思議なくらいイケてる顔面。
その目元がかすかに煌めいている気がするので、この辺で真実を告げるのはやめておくことにした。
「でもさ、どれだけマイナーなスポーツだとしても、『俺、世界一なんだぜ?』って言えたらモテるんじゃね?」
「た、確かに! さすが瑠凪、遊んでるやつは考える事が違うな!」
「いや、誰でも考えつくだろ……」
言葉によってボコボコに腫れ上がっていた彼の顔に、一瞬で生気が満ちていく。
「とりあえず俺はもっと頑張って世界を獲ることにした! ありがとな瑠凪、ランニングしてくる!」
「お、おお……頑張れよ〜」
周りの生徒が30センチ浮くくらいのスピードで走り出した楽人。
俺の言葉も途中から聞こえていなかったようだが、元気が出たならよかった。
友達と呼べる存在は多くいるが、腹を割って話せるのは楽人くらいなものだし、口では色々と言ってしまうが、やはり青春を謳歌してほしい。
彼の今後が明るいことを祈りながら、俺は次の予定に向かうことにした。
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