第13話 助手
今日の講義は正体不明の力によって跡形もなく消し飛ばされたことにして、KLの根城となっている教場へ向かう。
当然、講義がない時にしか使えないが、少なくとも俺の記憶の中でこの教場が使われたことはない。
2号校舎の4階の端という僻地にあるからか、はたまた曰く付きの過去があるのか。
どちらにせよ、大学の中に自分の秘密基地があるようで胸が躍る。
ヒーローの拠点が大都市の地下にあるとか、子供の頃に憧れたものだ。今でも憧れはあるが。
昼休みも終わっていて、マトモな生徒は講義を受けている時間帯のため、誰ともすれ違うことなく目的地へ辿り着いた。
そして、いつものように扉を開けて中に入ると――。
「先輩。こんにちは」
上半期で1番見たくない顔第一位に電撃ランクインした期待の新星が、嬉しそうに俺を待っていた。
開いた文庫本が片手にあることで、そこそこの時間彼女が待っていたと理解する。
「なんでここにいるわけ? さっきまで楽しかったのに、俺の心は土砂降りになっちゃったよ?」
「今日の天気は晴れ、気温は18度だそうです。気になる豆知識のコーナーは――」
「天気の話してないから!」
なんだよ豆知識のコーナーって。ちょっと気になってしまう。
声色ひとつ変えず、一定のトーンで話し続ける様は、アナウンサーのようだった。
だが、生憎専属アナウンサーを雇った覚えはない。
「もう一回聞くけど、なんでここにいるわけ? 連絡先も教えてないのに」
「だから待ってたんじゃないですか。先輩の助手として、今日も頑張る所存ですよ? …………なんでも言ってくださいね」
「頬を染めるな!」
左手を口元に当てて目を伏せている。
漫画なら「ぽっ」と擬音がつけられていそうな、それっぽい仕草。
俺じゃなければ、ゼミの男子程度だったら瞬でノックアウトされていただろう。
「でも、私は本当に先輩の助けになりたいんです。先輩の不都合になるようなことは何もしてませんよね?」
「確かにな。でも、昨日七緒ちゃんと歩いてるところを見られてて、既に噂になってるみたいなんだよね」
噂になっているというのは嘘だが、実際に楽人の口から話題が出ているわけだし、拡大解釈させてもらう。
時として、拡大解釈は武器となり得る。「みんなそう思ってるよ」とか言われると負けた気になるアレだ。
やられた時は腹が立ってしょうがないが、自分がやる側に回ってみると、とても楽しい。
問題は、彼女が同じように感じるかだが……。
「え、もはや既成事実的な感じじゃないですか。嬉しいです、かなり」
ダメだったみたいだ。分かりきっていたんだけどね。
「それじゃあ、名実ともに助手になったということで、今日も張り切って探しましょう。ふぁいとです」
「名実ともになってないよ? 認識能力ガバガバなの?」
「いや、経験はないのでガバガバではないと思います。でも、先輩に満足してもらえるよう一応トレーニングしときますね」
「認識能力の話だよなそれなら頼んだ」
何も面白くないのだが、七緒は口元を本で覆って笑っている。
笑い方は可愛いのに、やっていることがヤのつく怖い人のそれと同じなんだよな。
「一体どうしたら認めてもらえるんですか。まったく酷い人です」
「一体どうしたら諦めてもらえるんだ。まったくヤバいやつだな」
「自己紹介ですか?」
「んなわけあるか」
クールな見た目だから会話も淡白なものになるかと思いきや、めちゃくちゃボケてくる。
それにいちいちツッコミ返してしまう性分のせいで、一向に会話が進まない。
本当に、どうしたら諦めてもらえるんだろう。
……諦めてもらう?
「じゃあ、俺の出す条件をクリアできたら助手として認めてやるよ」
「わかりました。その条件っていうのはなんですか?」
もう少し悩むかと思ったが、即答だった。
しかし、この条件を飲んだ時点で俺の勝ちは決まったようなもの。
「条件とは、静香ちゃんの件が終わるまでに、七緒ちゃんが助手としてふさわしいと、俺に思わせることだ」
結論を言えば、最後まで俺が認めなければ良い。
昨日は驚きはしたが、助手としてふさわしいとは思っていない。
いや、本音を言えば優秀だったが……ともかく、俺は自分の青春を守るため、よく分からん怪しい女を認めるわけにはいかないのだ。
流石に彼女も馬鹿ではないので、条件の達成が俺の裁量次第というのは分かっているだろう。
反論してくるだろうが、俺にはそれに対する――。
「わかりました。頑張りますね」
「え、いいの!?」
「いや、自分で決めたんじゃないですか」
「そりゃあそうだけど……」
拍子抜けというか、今から舌戦を繰り広げる覚悟をしていただけに、気の抜けた返事をしてしまった。
「これでついに…………ふふっ……」
当の本人は俄然やる気が出てきたようで、その目は明るい未来を見据えているようだ。叶わぬ未来だけどな。
「あぁ、これだけは確認しておかないといけませんね。条件を出すってことは、この一件が終わるまで、いかなる理由があっても私を不合格だと見做さないってことですよね?」
「あぁ……それは…………そうだな」
彼女の言っていることは間違っていない。
期限までに条件を満たせなかったら失格ということは、期限内でなら、どれだけマイナスを積み上げても良いということだ。
言い方に疑問は残るが、たとえ彼女が何かのアクションを起こしたとしても、大抵のことには対処できる自信がある。
「大丈夫だ。期限内は何があっても助手として扱うよ」
「……良かったです。それじゃあお願いしますね、先輩」
上目遣いで見つめ、右目でウインクする七緒。
大きな目と、長いまつ毛が強調される。
「……お前、自分が可愛いと思ってやってんだろ」
「あ、バレました?」
「普通にウインク上手すぎるからな。わざとらしさ全開だ」
「せっかく練習したのにぃ」
ぶーぶー言っているのを無視して、依頼人の願いを叶えるために教場を後にした。
だが、この時の俺は気付いていなかった。
自分の勝利が目の前にあればあるほど、人は油断してしまうことに。
軽い気持ちでしたこの約束が、後々自分の逃げ道を塞ぐことになるなんて、全く気付いていなかったんだ。
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