第7話 捜索

「それじゃあ、さっそく行きましょうか。今日はそれっぽい人を探すんでしたよね?」


 二人はビル校舎を出て、2号校舎へと続く通路を歩いていた。


「いや、まだ一緒にやるって決めたわけじゃないからな?」


 唐突すぎる告白に呆気に取られた瑠凪は、その隙を突かれて手首にあった白い手を繋がれ、気付けば校舎外まで連れ出されていた。


「え、完全に受け入れてくれる流れでしたよね…………私の告白」

「手伝いはともかく告白は完全に受け入れないよ!?」

「結構容姿もスタイルもいいと思うんですけど、そんな子に突然告白されてキュンと来ませんでした?」

「キュンと来たけど、『自分はとんでもなくやばいやつと話してたのか』って気付いちゃったキュンだな。口から心臓でかけたよ」

「……ちっ」

「小さく舌打ちしたなおい」

 

 ヘアゴムで長い黒髪をポニーテールにまとめ、準備万端と言いたげな日向。

 彼女に未だに不信感を抱いている瑠凪は、もう一度その姿をじっくり見てみることにした。

 今はまとめているが、背中まである長い黒髪。

 前髪はもちろん、両サイドにウェーブのかかった2〜3束の髪があるせいで、ダウナーな雰囲気を感じる。

 黒縁の四角いメガネは本来であれば知的さをアピールするものだろうが、彼女の目が気だるげなため、そちらへの貢献度の方が大きい。

 しかし、鼻は高く唇も薄いと、顔立ち自体は整っていて、ヨーロッパの血が少し入っているのではないかと思わせる。

 服装は黒いクロップド丈の襟付きシャツに、薄いグレーのデニムパンツ。

 全体的にスリムな体型だが、出るところはきちんと出ていて、彼女の言葉はあながち間違いではないと頷いた。

 だからと言って、それが信用できる材料にはならないのだが。


「そんなに熱心に見つめられたら、流石に照れちゃいますよ」

「真顔で言われても信じられないわ」

「もしかして、私をそばに置いてくれる気になりました? 今日の服装が良かったんですかね。ちょっと普段とは違う大人っぽい感じが先輩に刺さりました」

「いや、確かに嫌いじゃないけど刺さってないから。手伝わせる気も……」

「……?」

 

 しかし、あれだけ言葉を交わしても一向に引く気配がなかったため、かえって近くで監視している方が安全かもしれないと考え直す。

 あざとさのある首の傾げ方に少しイラッとしたが、やがて大きくため息をつくと、苦々しい顔で口を開いた。


「……少しでも怪しかったら、今後徹底的に距離を置くからな」

「わかりました。でも私、古庵先輩が思ってるような危ない女じゃないですよ?」

「それを決めるのは俺だ。あと、俺は『女』って言う女が好きじゃない」

「次からは女子って言いますね。良いことを聞きました」


 ほんの少しだけ広角を上げる姿を見て、日向は感情表現が得意じゃないだけで、感受性自体は豊かなのかもしれないとぼんやり思った。


「っていうか、さっきの告白は嘘だろ? そろそろ本当のことを教えて欲しいんだけど」

「本当ですよ? 本当に古庵先輩のことが好きなんです。具体的に言うと、疲れた日に食べるチョコレートくらい」

「それはまぁ、相当好きだな。でも、少なくとも俺の記憶では、約1時間前が俺たちのファーストコンタクトのはずだ」

「そうですね」

「そうですねって……」


 本気にしては淡白すぎる反応に戸惑う。


「じゃあ、好きになった理由を教えてくれよ」

「それは……秘密ですね。ほら、ちょっとくらいミステリアスな方が気になりません?」

「君はほとんどが謎なんだよ。日向……っていう名前だって本当か怪しいもんだ」

「本当の名前はなんだと思います?」

「伊集院ソフィア」

「……アニメの見過ぎですよ。『片翼のシンデレラ』の見過ぎです」

「日向さんも知ってるよね!?」


 互いに歩を進めながらの会話。

 すれ違う生徒は、瑠凪の外見の派手さに一度はその姿を目で追う。


「そういえば、君って呼ぶんじゃなくて名前で呼んでほしいですね」

「……日向さんでいい?」

「嫌です。そもそも私の名前、覚えてますか? さっきも怪しくなかったです?」

「もちろん覚えてるよ。あの…………うん、ね?」


 じとっとした視線が刺さる。

 数秒待ってみたが、微塵も思い出す素振りのないことに諦めたのか、日向は一度足を止め、瑠凪の瞳をまっすぐ見つめて口を開く。


「日向七緒です。覚えてください」

「日向七緒ね。覚えたよ、日向さん」

「……七緒です。覚えて、その上で呼んでください」

「……七緒ちゃんね。覚えたし、まぁ気が向いたら呼ぶよ」

「今日はその言葉だけで良しとします。校門を出たら手繋いで良いですか?」

「良いと思うか? その顔は思ってるな」


 なにか?というすっとぼけた表情に全てを理解した瑠凪。

 宣言通り、校門を出た瞬間に迫ってくる手があったが、それをパチンとはたき落とす。


「デートDVって言うんですよ、これ」

「デートじゃないからセーフ。無理やり付いてこられてるだけだしな」

「果たして、世間はその言葉を信用してくれますかね。白髪の胡散臭い男性の言葉を」

「……マジで負けるからやめてね」


 突如降りかかる人生終了の危機に苦笑いする。

 その後も二人は同じようなやりとりを続け、最終的に足が止まったのは、大学近くにあるカフェの前だった。

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