遊女・小夜衣の怨霊

海石榴

小夜衣の怨霊は、年忌ごとに火事を起こした。

 吉原遊郭京町一丁目に「四つ目屋」という遊郭があった。

 ここの女主人サダは、ケチで阿漕あこぎな性格ゆえに、遊女たちの間でも評判が悪かった。

 一方、この四つ目屋の売れっ子女郎「小夜衣」は美しい上に、人に対する思いやりが深く、遊女仲間からも大層評判がよかった。

 

 サダは面白くない。次第に小夜衣のことが憎くてたまらなくなった。

 

 ある日、何かの拍子に小夜衣は、自分の部屋で火の不始末をして小火ぼやを出してしまった。

 意地の悪い女主人サダは「しめしめ」と思い、取り調べにあたった吉原役人に、

「これは小夜衣の放火でござります」

 と、言い張ったため、ついに御定法ごじょうほうどおり、小夜衣は火あぶりの刑に処せられた。


 小夜衣の一周忌を迎えた。四つ目屋から火が出た。さらに、三周忌、七周忌にも火が出て、四つ目屋はついにつぶれてしまった。

「これはたたりだ。小夜衣の怨霊が残っているせいだ」

 遊郭の旦那衆の一人が、そう言いだすと、

「そうだ。まさしくそうだ。年忌ごとに火事が起きるなんて、そうとしか考えられない」

「このまま放っておけば吉原遊郭が全焼することにもなりかねない。大事になる前に、小夜衣の霊をなんとか鎮めねば……」

 ということになり、吉原旦那衆の総意で小夜衣の霊を慰める仏事を執り行った。


 すると、年忌ごとの火事はぷっつりなくなったという。


 死んだ女郎の投げ込み寺として知られる三ノ輪の浄閑寺。その門前の隅に、古い石の地蔵がある。小夜衣地蔵という。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

遊女・小夜衣の怨霊 海石榴 @umi-zakuro7132

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ