ミッドウィンター

新木稟陽

こうとうてん様


「着いた、ここだよ」


 某県、山奥。田園広がるのどかな村。運転手の中田亮はそう言いながら、実家の駐車場へ雑に車を停める。

 後部座席に乗っていた川内恵美、それに続いて権田総士も車を降りる。


「へぇ、いいとこだね!」

「そうだね」



 話は遡ること二週間。恵美の研究課題として、亮の誘いが始まりだった。

 二人は民俗学を学ぶ大学生。亮の地元の村では固有の氏神信仰があり、それを研究課題として取り上げよう、という話だ。自由に動けて勝手が効く地元だからやりやすい、という誘いに彼女は乗ったのだが。


「俺も行く」


 その研究に、恵美の彼氏である総士も同行すると言い出した。


「え、えっと……権田君は文学部、だったよね……?」

「そうだが」

「えっと……」

「なんか文句あんのか」

「ないです……」


 気弱で細身で猫背で低身長で根暗な亮に、屈強な高身長イケメン総士へ否と言える気概はなかった。


「でもなんで?」


 恵美の問に、総士はため息を漏らす。


「辺鄙なド田舎の土地神信仰とか胡散臭ぇだろ。贄にされるぞ、ニエに」

「ちょっと失礼でしょ! そんな映画すぎること起きないから! 中田君ももっとガツンと言っていいからね!」

「えあっ、えあえっとえあっ、うん、大丈夫だよ……」





 というわけで、3人の旅。この日の日中は村民に挨拶に回り、祠を少し見るだけでもう日が暮れた。

 夜は村で一番家が広い村長宅で、村をあげての歓迎会。まるで旅館に来たかのような御膳が用意された。


「わー美味しそう!」

「こんなご馳走までご用意して下さって、ありがとうございます」

「いやいや! 若くてたくさん食べるコなんていないからね! 久しぶりに気合入れちゃったよ!」


 あれだけ不敬な文句を垂れていた総士も、本人達を前にすればこの態度。白々しい二枚舌に亮も感心する。

 が、この後。事件が起こる。


「そうそう。若いコはこういうの好きかなあと思ってね、作ってみたんだよ」


 そう言って村長の妻が盆に乗せてきたのは、3つのグラス。それを、総士、恵美、亮の前へ置く。


「っと、これ……」

「ええと、サクテル? って言うの?」

「あぁ、カクテル……じゃなくて」


 総士が持つグラス、その中身は炭酸の、青い液体。


「これ、知ってる……睡眠薬……」

「あら! 色が珍しかったかしら。ボンベイサファイアのジントニックよ」

「そこはサクッと出るのかよ! じゃなくて。」


 総士は知っていた。睡眠薬を悪用した事件を防ぐため、最近の睡眠薬には着色されているものがある。


「いやいや睡眠薬! 仕掛けるの早すぎるだろ!」

「ちょっと、総士。失礼だよ」

「そうよ、総士君。そんなことするわけないじゃない。怒るわよ」

「じゃ何で中田のだけ透明なんだよ! 大体ボンベイサファイアが青いのはボトルだけだろうが!」


 次第に空気が淀む。同席していた村民達が立ち上がり、二人を囲むように近づく。

 その中で一歩前へ出たのは、村長だった。


「おぬしらはこうとうてん様への供物。薄々感じておったが……受け入れる気は無いようじゃな」

「認めるの早! あるわけねぇだろ!」

「そ、そんな、総士……」


 右腕にしがみつく愛しい体から、だんだんと力が抜けていく感覚がした。


「恵美?」

「ご、ごめん、総士……わ、たし……」

「……え!?」


 まさか、と思って彼女の座っていた位置を見る。

 グラスが空になってる。


「ウソ!? 飲んだの!? イッキ!?」

「のど、かわい、てて……」

「バッッカじゃねぇの!? 話聞いてた!?」

「……スー……スー」


 こいつ、このままここに捨てて贄にしてやろうか。……しかし。

 総士は周りを見回す。この場には中田のクソッタレも含め、敵陣営の人間が13人いる。さすがに分が悪い。


「5年に一度、若い男女をこうとうてん様へ捧げる。しきたりなのだ。おとなしくこの名誉を受け入れろ」

「テメェら全員殺して供物にしてやるよ。期限切れでも多けりゃ喜ぶだろ」

「愚かな……このことを知った者を生かして帰すわけにはいかない」

「お前今自分でペラペラ喋っただろうが」


 出来るならば、今この場で全員始末したい気分だ。しかし愚かにも睡眠薬カクテルを一気飲みして熟睡ぶっこいてるバカかわいいバカが一人いる。ここは逃げるが正解だろう。


「……クソ」


 総士はグラスを手に取り。

 村長の顔面めがけて投げた。


「のわぁっ!?」


 不意の攻撃に驚き、他の面々の動きも鈍る。その隙に恵美を担ぎ。


「中田、マジで覚悟しとけよ」

「ヒェッ」


 中田の顔面を蹴っ飛ばしてから、駆ける。

 玄関に行き、急いで靴を履く。恵美の靴も拾い、苛立ちを引き戸にぶつけて叩き壊す。

 家を出て少し駆けて振り返り──


「は?」

「待て〜〜」

「不届き者〜〜」


 必死こいて追いかけてくる村民達。

 それらは、随分遠かった。そんなに引き離すほど走っていないのだが。

 それも当然、ここは滅亡近づく限界集落。限界ジジババの限界足腰ではこの総士に追いつけるはずがない。


「アホくさ」


 総士は早歩き程度の速度まで落とす。村長宅は森の中。足を取られて転びやすい。それで怪我でもしたら元も子もない。

 しかしまぁ、本当にこうなるとは。どうせなら、中田だけでもあの場で始末するべきだった。それならば、正当防衛が効いただろう。


「あークソ、腹立つ……」


 すっかり気を抜いていた、その時。

 その頬を叩かれたかと錯覚するような音に目が冴える。


「!?」


 同時に抉れた近くの樹皮を見て理解する。

 銃だ。


「そこまでするかよ……!」


 咄嗟にその木へ身を隠し、様子を伺う……と。


「くおぉ……」


 撃った張本人であろう、先の場にもいた男。彼は肩を庇うように擦りながら、床を転げまわっていた。


「嘘だろ……」


 反動でやられている。


「撃ち慣れてねぇのかよ!」


 くだらない。総士は恵美を消防士搬送の形で担ぎ直し、念の為木の陰に隠れながら走る。

 スマホを見れば今どき珍しい圏外。お誂え向きだ。腹が立つ。

 そこからだいぶ走り、問題が生じる。


「そんな……」


 崖だ。あの家まで来た時の道に行く余裕がなく闇雲に走ったツケが回ってきた。

 今更引き返すなんて──


「──居たか!?」

「まだ見つからん!」


 無理だ。と、その時。


「……ん、総士……?」

「恵美! 起きたか! ……早くね?」

「……っと、わたし……ぁ、薬、飲んじゃった、だっけ……。」

「そ。まぁその件は今はいいから……そんな早く起きるもんなの?」

「わたし、寝覚めはいいから」

「そういう話なのかな」


 そんな話をしているうちにも、追手の声は近づいてくる。総士は手短に状況を説明する。


「で、やばいんだよ! ほら」


 総士は崖を恵美に見せる、が。


「何が?」

「や、だから! 逃げ道ないんだって!」

「ちょっと降ろして」


 恵美はすぐ近くの川に向かい。


「ここ飛び降りればいいじゃん」

「はぁ!?」


 たしかに、滝になっているし下には水。ただ土の崖に比べればよっぽどマシだが。


「こんなん崖じゃん! 死ぬって!」

「崖!?!? 5メートルかそこらでしょ! 総士のガタイなら水無くても怪我すらしないよ!」

「水無くても!?」

「五接地転回法しろ! バキ読んでんだろ!」

「出来るわけねぇだろ!」

「じゃ水飛び込め!」


 「そ、それによ……」と、総士は振り返る。


「夜の水って、怖いじゃん……暗くて、見えなくて……この時期、寒いし……」

「後ろから殺人鬼来てんだろ! ガタガタ言うな!」

「で、でも……」

「おい! 声が聞こえたぞ! こっちだ!」

「……!」


 総士は下を覗き込み、唾を飲む。

 小さな滝のわりには、大きな滝壺がある。

 それでも総士にとっては巨大な滝であり、大きな滝壺というのはむしろ一層恐怖を──


「──え?」


 下を覗き込む、そのケツを。

 恵美に蹴飛ばされる。


「こっちだ! 下に飛び込んだぞ!」


 恵美もすかさず飛び込む。


「ガ! ガボロゴガバ! しっ! 死ぬっ! つめたっ! 死んだっ!」

「アホ! 泳げるでしょうが!」

「ハッ!」

「早く行くよ!」


 続いて飛び込んでくる村民達。二人はとにかく前へ泳ぎ、走り。

 ようやく何処かの道路へ出たとき、そこは電波が十分に届く場所だった。




 翌日。二人の大学生の供述により、半信半疑で村に捜査へ入った警察。

 村をあげての殺人に関して、物的証拠はなかなかあがらなかった。

 が。

 付近の川から、十数人の老人の遺体が見つかった。


 

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ミッドウィンター 新木稟陽 @Jupppon

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