花の言の葉
月待 紫雲
言の葉
山の中にある廃れた神社。うだるような暑さの中でも神社は涼しかった。
本殿に続く階段にシートを敷き、座って本を読む。
それが、
神社が、図書館に近いのである。適当に借りて、読む場所としてちょうど良かった。
「やっほー」
読書をしていると、心地よい声が鼓膜を撫でた。思わず、口角が上がってしまう。
悟られまいと本で顔を隠しながら、声の主を見た。
「
スポーツウェアの少女、金本はニカっと笑う。
「東雲さん、昨日何の日だかわかる?」
東雲は首を傾げた。
ただ今、夏休みの真っ最中。祝日が混ざっていても女子高生の東雲には実感がわかない。お盆にはまだ早い時期だ。
金本は首にかけたタオルで顔を拭きながら、隣に座ってくる。制汗スプレーのせっけんの匂いが鼻を抜ける。
「ヒントは君の記念日だ」
いつものように腰のポーチから汗拭きシートを取り出し、拭き始める。ちらりと肌が見えて、同性の東雲からしても目に毒だった。
休みであれば東雲がここで読書をし、金本がランニングの休憩がてら話に来る、というのが定番なのだ。
金本は学校でも人気者……いわゆるイケメン女子という感じで、女子からも人気だった。
「私の誕生日、覚えててくれたの?」
「ピンポーン。昨日会えなかったしさ。はいこれ」
汗拭きシートを持参のビニール袋に入れ、入れ替わるように包みが取り出された。
ラッピングされた小さな包みを渡される。本を閉じて膝の上に置くと、受け取った。
「もう豪快にあけちゃって」
そういわれても、ラッピングがもったいなくてできるだけ丁寧にあけた。
隣で「律儀だなぁ」と呟きがする。
中はリストバンドだった。視線を金本の手首に向けると同じ柄のリストバンドがある。
「おっ、気付いた?」
「うん。嬉しい」
「昨日は実家に帰ったりしてた?」
東雲はアパートでひとり暮らしだった。
首を振る。
「知り合いが来るって言ったから家で待ってた」
「へぇ。彼氏?」
「はは。だったらいいんだけどね」
ラッピングの紙を綺麗に折りたたんで隣に置いてあるリュックのポケットに入れた。
「……実家の、隣のおにーさん。2つ年上で今、大学生なんだ」
「今でも交流あるんだ」
「ほぼないよ。でも誕生日にいつもプレゼントくれるんだ。赤い花と一緒に」
小学生の頃はよく遊んでくれた覚えがあった。一応連絡手段はあるが、中学からほとんど交流はない。
互いの誕生日とバレンタインデー、ホワイトデーくらいだ。
大人びた雰囲気の男性で、東雲は心から尊敬していた。
「赤い花?」
「毎年、一輪だけ。プレゼントはいつも違うんだけど。昨日くれたのは凄くいいイヤホン」
「うらやましー。私もほしいなぁイヤホン。いいやつは高いんだもんなぁ」
金本は背伸びをする。そして深呼吸した。
「赤い花って珍しいね。どんなの」
「どんなのって」
東雲は花の形を思い返す。
「えーっと開いた傘の裏側みたいな形してる」
「何それ、全然綺麗そうじゃない例え」
一生懸命考えたんだけどなぁ、と東雲は落ち込んだ。
「ね、花の名前は」
「知らない」
「え、毎年来てるのに?」
「うん。綺麗だなっていつも思うだけだった」
幼いころから当たり前のようにもらっているので、名前に疑問を抱いたことがなかった。
幼いころからの習慣とはいえ律儀だな、と思う。
「ね、聞いてみてよ」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、金本が軽く肘うちしてくる。
「え、でもあんまり迷惑かけたくないし」
普段の関わりないのに突然連絡しても戸惑うだけだろう。
「いいじゃん、ちょっとだけ。ちょっとだけだから」
東雲は気は進まないがスマホを取り出し、メッセージアプリを開いた。
『今更なんですが、毎年頂いている花の名前ってなんですか?』
既読が即ついた。
「既読ついた」
「早」
返事を待ってみる。
「……どう?」
「……来ない」
しばらく待っても、返事が来ない。
スマホの画面を眺め続けて数分。
『ハナイチゲ』
たった一言返信が来た。
「ハナイチゲ、だって」
「ほう?」
金本は一層笑みを深めると、スマートフォンを取り出す。
「恥ずかしいからって和名にしたな。可愛いおにーさんだこと」
そして、スマホの画面を見せてきた。
まさに毎年もらっている赤い花の画像だった。
下には花の情報が書かれて……。
「…………っ!!」
ぼんっ。
東雲は顔をハナイチゲのように真っ赤にさせて、爆発した。
――風が、言の葉の香りを運ぶ。
花の言の葉 月待 紫雲 @norm_shiun
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