第3話

 ハザは俺が旅についていくことに反対したけど、リセメトが押し切ってくれた。

「シンヤがいなかったらオレ、トカゲにやられてたじゃない。護衛のお仕事続けられるの、シンヤのおかげでしょ? それにいくらハザさんでも、龍の守りの力にはかなわないでしょ? それにシンヤが探してる相手もうろこを持ってるかもしれないんだから、いいじゃない。ハザさんが探してる龍の力、持ってるかもよ?」

 にこにこ笑いながらぐいぐい追い詰めてくハザを見て、俺はぜったいハザに口で敵わない、って理解した。

 ハザが探してる力ってなんなのか聞いてみたけど、むっすり黙って教えてくれない。黙ったまま、並んで歩く俺たちの後ろをついてくるだけ。

 かわりにリセメトがべらべらしゃべって、あれこれと教えてくれた。

「シンヤのうろこはどこで手に入れたの? それって自分で胸に埋め込んだわけじゃないよね。さっき引き剥がそうとしてたもんね。っていうか、シンヤは何の力を宿してたの。龍の力に打ち消されてて匂いがわからないのかな。オレ鼻が効くほうなのに無味無臭なんだけど」

 教えてくれた、っていうか、めちゃくちゃ聞かれて答えるうちにいろいろわかった、のほうが正しいかも。

 ここが異世界だってことは化け物が出たこととか、ハザの体が武器に変わったことでわかってたんだけど。

「力を宿して生まれないなんて、不思議だねえ。それじゃ『木のリセメト』って名乗ったのも意味わかんなかったか。オレの力は木だよ」

 そう言うとリセメトの髪の毛がぱきぱき伸び始めたのを見て、ほんとに違う世界なんだってわかったんだ。

「オレは力が強いほうだからね、一度体に入れた植物なら生えさせられるんだよ」

「じゃあ、ハザさんの体が武器になってたのは」

「金を宿しているからだ」

 ぼそっと答えてくれるあたり、悪いひとじゃないと思うんだよな。ちょっと怖いけど。

「力にはほかに火、土、水があるんだよ。誰でもみんなどれかひとつの力を宿して生まれるんだ。強さはそれぞれ違うけどね」

「じゃあ、龍は? さっき、俺の龍の力は守る力だ、って言ってたけど」

「龍は別格。全部の力に勝るものだよ。龍鱗でその身を守り、龍の息吹きですべてを焼き尽くす。その血は万病を癒やし、その心臓は無限の力を与える、ってね」

 言い伝えみたいなもんなのかな。

 そんな話をしているうちに、気づけば俺たちは大きな町にたどり着いていた。

「ここは蜜虫たちの集まる都市、テール。色んなところから色んな人が集まるから、君の探し人の情報も見つかるかもね」

「蜜虫?」

 どこに虫がいるんだろう。あたりは人でごった返してにぎやかだけれど、虫は見当たらない。

 不思議がる俺を笑って、リセメトは遠くを指差した。

「あそこにでかい影が見えるだろ、あれは蔦なのさ。夜になると花開き、一夜限りの花の迷宮をつくる一夜城。この町にいる人はみんな、あの城目当てで集まった虫みたいなもんってこと。蜜を求めて花に群がる虫みたいだから、蜜虫ってね」

 見上げれば、広い町の真ん中に太くて黒い塔のようなものがある。

「言われてみれば、ツタっぽいかも。あんなバカでかいツタ、ここじゃふつうなのか?」

「まっさかあ。あれも龍のかけらを宿した植物だって話。昼間は固く閉じた花芽のどこかにうろこがあるんじゃないかってね。人が集まって都市になったわけ」

「ふうん」

 聞いただけじゃ想像が追いつかない。だけどこれだけ人が集まってれば、マヒルのことを見かけた人だっているかもしれない。

 そう期待していたら。


「え! おっちゃんマヒル見たの!?」

 昼飯を食べに寄った屋台の席でたまたま隣り合った人が、マヒルを見たっていうんだ。

「おっちゃんて……俺まだ二十代よ? お兄さんて言えよ。名前までは知らんけど、お前と同じくらいの背丈の子どもは見たぞ。お前みたいなぺらっとした服着てたから、記憶に残ってる」

 ぺらっとした服ってのはティーシャツのことだろう。

 こっちの世界のひとはみんなちょっとごわごわした服にスカーフとか手袋とかつけてるから、俺みたいな背格好ならきっとマヒルだ。

「おっちゃん! そいつ、どの方向に行ったかわかる? 怪我とかしてなかった? 泣いたり……はしないか、マヒルなら」

「だからお兄さん……いや、どこに行ったかまでは見てないなあ。龍寓の連中といっしょだったから、さっさと追い抜いちまったから」

「龍寓? 見間違いじゃなく?」

 せっせとご飯を詰め込んでいたリセメトが顔をあげた。その七色の豆の煮物、おいしいんだろうか。

「見間違うわけねえだろ。薄い金属板を貼り合わせた外套を着た連中だぜ。龍には見えねえけど、まともな旅人にも見えねえよ」

 串に刺さった何かの肉を食べ終わったおっちゃんは「じゃあな、俺はお兄さんだからな」って言って去っていった。

「……シンヤ、友人のことは諦めろ」

 ずっと黙って食べてたハザに言われて、俺はびっくりした。

「はあ? なんで」

「ん〜、龍寓はねえ、龍を信仰してる集団なんだけどさ。ちょっとね、やってることが悪どいというか、えげつないっていうか」

 リセメトがもごもご話していると、ハザがため息をひとつ。スプーンを置いて俺をまっすぐに見た。

「龍の力が使えると謳って、人から金を巻き上げるろくでなしどもだ。関われば骨までしゃぶられる。連中に捕まったなら、お前の友は運がなかったな」

 突き放すようなハザの言葉に俺はむかついて立ち上がる。

「はあ? それってつまり、マヒルを諦めろって言ってるわけ?」

「諦めろとは言っていない。だがお前は弱い子どもだ。危険に飛び込む必要はない」

「意味わかんねえ!」

 それってつまり諦めろってことだろ。意味わかんねえ。

 むかついて叫んでも、ハザは驚きもせず俺をじっと見つめてる。それがまた馬鹿にしてるみたいで、俺は思わず屋台のテーブルを叩いていた。

「俺はマヒルを探す! マヒルといっしょに帰るんだ。あいつは俺を助けてくれたから、次は俺があいつを助ける番なんだっ」

 叫んで、返事を聞きたくなくて駆け出した。

 人が集まっているなかをすり抜けてハザとリセメトから遠ざかる。後ろのほうで俺の名前を呼ぶ声がしてたけど、無視して駆け抜けた。


※※※


 むかついて走り出して、はじめての町をあちこち見て回っているうちに日が暮れてきた。

 異世界は電気がないのか、店も家も明かりをつけないものだからあたりはどんどん暗くなっていく。

 このまま真っ暗になるんだろうか。そう思ったらちょっと怖くなってひとりで駆け出したことを後悔した。けど、顔をあげたらそんな気持ちは吹っ飛んだ。

 黒い蔦があった場所を白い花が埋め尽くしてた。地面から空まで届きそうなほど高いところまで、大きな花がいくつもいくつも重なり合って開いている。

 開いた花びらがどれも白く光ってるから、真っ暗な町のなかで光の柱が建っているように見えた。

「これが一夜城か……!」

 蔦の真下に立って見上げるとワクワクしてくる。人もたくさん集まってきて、夜の遊園地に来たみたいで。

「そういえば迷宮になるとか言ってたな」

 リセメトの言葉を思い出してあたりを見れば、蔦を覆うように咲く巨大な花の隙間に消えていく人たちがいることに気がついた。

 あれが龍のうろこを探しに来てる人たちなんだろうか。

「もしかして、マヒルも中にいたりして」

 つぶやいてみたのは龍を信仰してるって話を思い出したのと、ちょっと中に入ってみたいって気持ちがあったから。

「……入場料とかとられないよな?」

 あたりを見まわして確かめたのは、俺がお金を持ってないから。

 リセメトに会ったらご飯のお礼もう一回言っとかなきゃな。

 そう思いながら光る花をくぐったんだけど。

「ぐえっ」

 花の裏側に行った途端、服が引っ張られて首がしまる。

 引き寄せられながら見えたのは俺と同じくらいの背丈をした人の姿。細い手足に頼りない首。光にくらんだ目にはその人影が探しびとに見えて、俺は思わず叫んだんだ。

「マヒル!?」

 首をしめた犯人は俺の声に眉を寄せる。

「ちがう、あたしはスオウ」

 返ってきたのは女の子の声。よく見たら、髪も茶色じゃなくて黒みをおびた赤色だ。マヒルじゃない。

 気づいた途端、俺は彼女との顔の近さにそわそわした。だっておでこにスオウの前髪があたってる。

 目の前にあるスオウの瞳に花の光が飛び込んでキラキラまぶしいのに、にらむようにして俺を見てる彼女から目が離せないのは、どうしてだろう。

「ねえ、聞いてるの? 龍のかけらを返して。あれはあたしのなの」

 燃えるような瞳が俺を射抜く。それが龍のかけらを探してる女の子、スオウとの出会いだった。

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龍のかけらを探す旅 exa(疋田あたる) @exa34507319

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