非番と充足

AZUMA Tomo

1

 この街は兎にも角にも事件が多い。様々な出自の人が富を掴もうと集う場所。実力と運があればのしあがれる。そんな幻想を抱いた人々がこの街には溢れていた。様々な財や利権を奪い合い、その中でたくさんのドラマが生まれる。そのドラマは実に血生臭く、目を覆いたくなるような事件も少なくない。公平であるべき公務員ですら暗黙の内に私企業の肩を持ち、持たれ、正しくあるべき人々も正しさを見失ってしまう。

 彼はそんな街にありながら、穢れなき刑事であった。


 穢れのなさを象徴するかのように、汚れも皺もひとつもない真っ白なスリーピーススーツに身を包んだ男が、傷ひとつ見当たらない真っ白のスポーティーな高級車の扉を開き、その姿を表した。

 男は「FIREARMS SHOP」とデカデカと書かれた看板を見上げる。看板を照らす陽光の眩しさに、真っ赤なアイラインで縁取られた目を細めた。分厚いコンクリートで塗り固められた壁は穏やかなクリーム色のペンキで塗られており、その堅牢そうな構造とギャップを感じさせる。鉄製の扉にはガラス窓が付いているが、その窓も鉄製の格子で覆われている。その格子に開店中の札が引っ提げてある。太陽光で少し温もりを持った取手を引くと、扉の十分な重量を感じることができた。

 扉の開閉を知らせる電子音が店内へ響き、店奥のカウンターから男が「いらっしゃい」と声をかけてくる。戦闘用の深緑のベストを身につけた小太りの店主は人当たりの良い笑みを浮かべていた。この店にある凶悪な品物を取り扱っているようには一見思えない容貌だが「武器のことであればコイツに聞け」との評判の持ち主である。

「こんにちは、お久しぶりですね」

「東雲さん、今日は非番かい」

「ええ、強行犯係の出番がなくて……他の係は忙しそうにしていますが」

「他の係……そういえば、うちの知り合いも盗みに入られたと言っていたよ」

「まさしくその盗犯係が忙しいようでして。手を貸すと言ったのですが断られました」

「東雲さんらしい」

「建前での申し出ですよ……僕も休日は大切にしたい」

 この男――東雲祥貴はこの地においては珍しく黒い噂の一切立たない刑事であった。検挙率トップのやり手の刑事であり、市民からの信望も篤い。その一方で悪い評判がなさすぎて逆に疑われるようなところもあるが、皆、この男と直接話せばそういった疑念は消え失せてしまうのだ。それ故、汚職や犯罪に関わるような人間からは煙たがられているため、所轄の刑事という立場に留まっている。

 ガラスのショーケースの中に飾られた各種銃器類を眺めながら東雲は己の金髪を撫で付ける。背の高い煌びやかな見た目をした男のそんな様子を見た店主は、おおらかに「わはは」と笑い声を上げた。

「東雲さんがいると、この店が宝石店にでもなったかと思うね」

「銃も宝石も価値のあるものでは?」

「人を殺すものと観賞物だよ。同じ金額でもまったく違うものさ」

「銃弾が人を殺すように……宝石も人を殺しますよ」

 意味深に微笑みを浮かべる東雲。店主は顎を撫でて苦笑いを浮かべる。

「まあ、そうだね……今日はどんな御用で?」

「弾の補充をしに来ました。それと射撃訓練場を貸してほしいのですが」

「休日にも訓練かい、ご苦労様だね」

「いえ、趣味みたいなものなので」

 店主は苦笑いを浮かべたまま、背後に積まれている銃弾の箱の中から二箱取り出し、カウンターに置いて東雲に差し出した。

「真面目だなあ。ともかく承知しましたよ。いつものやつ――同意書と、そこにデバイスの認証頼んだよ」

 カウンターに置かれた装置からホロ画面が浮かび上がる。射撃訓練場の免責事項が記載された同意書だった。東雲は左手首に巻かれたナノデバイスを装置に認証させると同意書に自動で東雲のサインが記入される。

「どのブースを使ってもいいけど、今日はお客さんがひとり、先に来てるから」

「ひとりだけ? 珍しいですね」

 刑事とはいえ公務員であるため、システム上基本的には土日祝日は休みである。事件の取り扱いがあったため昨日の土曜も出勤をしていた東雲も、日曜日の今日は休日になった。

 武器を携帯するのが珍しくなくなったこの社会で、日曜日に装備の調達にくる人間も少なくない。そんな日に客が東雲以外にひとりという状況は珍しかった。

 店主は再び声を出しておおらかに笑う。

「わはは! こんなとこが賑わう方がおかしいんだよ」

「確かに。僕たちがしっかり仕事をしないとダメですね」

「いや、東雲さんは頑張ってるじゃないか」

「そうおっしゃっていただけるのは光栄ですよ、ありがとう」

 歌劇団のスターがそうするように、まばゆい笑顔で店主に礼を告げる。

 東雲はゆったりとした所作で銃弾の入った箱を抱えると店のさらに奥へ足を進めた。

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