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訓練場の隣には休憩スペースを兼ねたロッカールームがある。壁沿いにずらっと並んだロッカーのひとつにデバイスを認証させると金網でできた扉が自動で開いた。ハンガーにジャケットを掛け、手に持っていた一箱を置く。ロッカーの中には貸出用のイヤーマフと防護グラスがあり、それらと弾薬箱を手に、訓練場の扉へ向かった。
店主の言っていた通り、射撃訓練場には客が居て、ドア越しにも射撃音が響いていた。扉を押し開くと、物を殴りつけるような重い発砲音が東雲の鼓膜を刺激する。
訓練場は黒い板で仕切られており、ブースの数はおよそ十。そこまで広い施設ではないが軽い射撃訓練をする分には十分であった。
射撃音は途切れることなく連続で発せられており、射撃手に迷いがないことが伝わってくるようだった。相当武器の扱いに手慣れている人間のようだ。
――どんな人が訓練をしに来ているのだろうか。
あまり好ましくない行動だということはわかっていながらも、東雲は壁に貼り付くように訓練場の端まで見渡す。訓練場の一番奥から銃声が鳴り止まないため、そちらに目を向けると、東雲よりわずかに背が低いくらいの大柄な男が立っていた。
特徴的なゆるい癖毛の黒髪に、上品なベストを身につけた男。その背中からでも鍛え上げているのがわかるその人物に見覚えがあった。
先客が一番奥にいるなら一番手前で射撃訓練をしようと思っていたが、その人物の姿を見て東雲の気が変わった。すべての荷物を手に、男の背後に近づいてその人物の訓練の様子をじっと観察する。
訓練場の的は電子化されているが、希望制で紙の的に変更することもできた。男が使っていた的は紙製のもので、射撃スペースの遠くでゆらめいていた。
弾倉分を打ち終えたのか、男は構えていた銃を台に置き、手元のデバイスを操作すると紙の的を回収する。そのタイミングを狙って東雲は声を掛けた。
「千葉くんも来ていたのかい」
背後に人がいることには気づいていたのか、千葉と呼ばれた男は特に驚く様子も見せずに東雲を振り返った。彫りの深い端正な顔には満面の笑みを浮かべている。その大きな茶色の目の下には相変わらず主張の強い隈を作っていた。
「誰かなと思ったら、祥ちゃんやん」
その男――千葉恵吾はイヤーマフを外しながら、この土地には珍しい関西弁で話す。
「やけに射撃に慣れた人物がいると思ったら君だったから、声を掛けたくなったんだ」
「今日は休みなん?」
「そうだよ」
「射撃訓練くらい警察署でもできるんちゃうん? 民間施設でやるとお金かかるやん」
至極当然の疑問を投げかけてくる千葉に対して、東雲は人差し指を立てて己の唇へあてた。
「銃弾も無料じゃないってことだよ。無駄遣いをするなと怒られてしまうからね」
「えー、真っ当な使い道やと思うけどなあ」
千葉は東雲の回答に首を傾げながら回収した紙の的を眺めていた。千葉の持つ用紙を東雲も覗き込む。紙の的の中央に黒丸とそれを取り囲むように三重の円が印刷されており、千葉の放った銃弾はすべて中央の円の中に収まっていた。
「――千葉くん、なかなかやるね」
「誰やと思ってるん?」
「……僕も負けてられないなあ」
「……勝負する?」
「珍しいね。『ユートピア』では僕のことをそういう競争には誘ってくれないじゃないか」
「祥ちゃんが負けたくないなら、辞退してもええけど?」
生意気な笑顔で見上げられる。人懐っこい表情の男は東雲にとっては危なっかしい弟のような存在で、千葉のように東雲を慕ってくる人間は少なかった。他人とはいつも一線を引いた付き合いをする東雲は、猫のように距離を近づけて程良い間隔を保つ千葉を好ましく思っていた。
東雲は射撃スペースの後方に設置されたラックへ弾薬箱を置き、自前の拳銃に素早く銃弾を装填していく。そして東雲の眼下に輝く男の丸い瞳に微笑みかけた。
「……その口の利き方、後悔させてあげるよ」
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