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東雲は先程まで千葉が射撃を行っていたスペースを指差した。
「では、同一レーンを使って交代で射撃をしよう」
「イカサマ防止?」
空になった弾倉に銃弾を込めながら千葉はふふっと楽しげに笑う。しかし大きな茶色の瞳には剣呑な光が宿っていた。
紙の的を広げて東雲は再び千葉へ微笑みかける。的をレーンに設置するとデバイスを操作して遠ざけた。
「まさか真剣勝負で君がイカサマをするわけがないだろう? どんな風に射撃をしているのか、単純に興味があるのさ」
「どんな風にって……俺の撃ち方に変わった特徴なんかないと思うけどなあ」
「君に興味があるというだけだよ。深く考えなくて良い」
「ふーん……じゃあ俺も祥ちゃんを見て勉強させてもらおかな」
いまいち腑に落ちない表情であるが千葉はそれ以上追及することはなかった。千葉は弾倉を銃身に装着すると射撃台へ置いた。
「どっちが先に撃つ?」
「君、いつものコインは?」
「持ってんで。コイントスで決めようってこと?」
「そうしよう」
東雲に促され、千葉は自分の腰に手を回してピスポケットから銀色の硬貨を取り出した。射撃場の照明に冷たくギラリと輝く。バーの照明に照らされている時とは違い、随分と凶暴そうな輝きであった。千葉はコインの表裏を東雲に確認させ、親指で弾く。回転しながらキラキラと光を反射するコインが千葉の手の甲の上へ乗り、左手がコインを覆い隠した。硬貨を隠した状態のまま千葉はずいっと東雲の目の前に手を差し出す。
「……表かな」
「当たってたら先攻?」
「どちらでも」
「どちらでもって……それじゃコイントスの意味ないやん。当たってたら先攻な」
千葉が左手を返すと、手の甲には豪奢な彫刻で獅子が刻まれた硬貨が乗っていた。コイントスの結果は表だった。東雲はそれを確認すると防護グラスを掛け、イヤーマフを装着した。千葉も同じように身支度を整えると、ラックの方へ引き下がる。
「君のものも確か装弾数は十五だったよね?」
先程よりも大きな声で東雲が千葉へ声をかける。千葉も同じように大声で答えた。
「せやで! 全部撃ち切った結果で勝負しよ!」
東雲は頷くとラックの方へ向かい、射撃準備の整った愛銃を取り上げた。
東雲にとって、銃弾を装填した拳銃を持つずっしりとした重みはいつも不思議なものだった。重さを感じるのに片手で支えられるだけの重量しかない。そんなちっぽけなもので人を傷つけることができる。手軽だからこそ取り扱いは慎重に行わなければならない。
東雲は両手で拳銃を構えると細くゆっくりと呼吸を整える。遠くでゆらめいているように見える紙の的をフロントサイト越しに注視する。フロントサイトのちょうど真ん中に的の中央へ印刷された黒丸を据えて、右手人差し指でトリガーを引いた。
「祥ちゃんの結果は後で見るから、まだ見せんといてな」
「わかったよ……でもいいのかい、本当に確認しなくて」
「ええからええから。次、俺の番な」
にっこりと甘い顔で千葉が笑うと再び防護グラスとイヤーマフを装着する。それに倣って東雲も再度それらを装着すると、ふたりは立ち位置を逆転させた。背後のラックに凭れ掛かり、東雲は千葉を見守る。
千葉の顔から笑顔が消え去った。いつものひょうきんな表情とはまるで違う、狩人の顔つきだ。
――おそらく、この青年は僕の知らない世界を知っている人間だ。
刑事という職業柄、東雲は人の背景を憶測する悪癖めいたものを持っていた。その人の姿形や身につけているもの、好き嫌いや言動、そのすべてから相手がどんな人間なのか推し量ろうとする。人間の行動を予測することで次の事件を防いだり、己の身を守ることに繋がるため、その悪癖というのは東雲にとってはある種の防衛術でもあった。
千葉に対してもその悪癖が発動することはしばしばあり、今回の射撃競争も結果的にそのひとつの事例となった。千葉が具体的にどんなことを経験してきたのかまで知ることはなくとも、彼の抱える生きづらさのようなものを銃を構える男の姿から読み取ることができた。だからと言って、東雲が千葉に対して何かしらのアクションを起こすことはない。
千葉の迷いのない銃さばきに東雲は感心した。腕が立つことは知っていたものの民間の警備員がここまで美しい立ち振る舞いができるとは思わなかった。たまにこの店で会うことはあっても、このように射撃する姿をじっくり観察することはなかったので、千葉の真剣な眼差しに素直に驚いた。この眼差しは東雲が日頃千葉と過ごす際に感じ取っていた言い知れない不穏な空気に似ていた。千葉は千葉なりの人生の『やり過ごし方』を身につけていると、東雲はこの空気から感じ取っていた。だからこそ東雲は千葉が何か助けを求めてくればいつでもその手を差し伸べる気はあったが、今は黙ってその男を見守っている。
十五発。すべての銃弾が発砲され、千葉は的を回収するためデバイスを操作していた。イヤーマフと防護グラスを外して千葉の元へ近寄れば、千葉は微妙な表情で唸っている。
「うーん、なんか一発あかんかった気がする」
「……そうなのかい? 見ていて違和感はなかったけど」
「とりあえず祥ちゃんの的も広げて見せてや」
回収した千葉の的と東雲が折りたたんで持っていた的を射撃台の上に並べて広げた。
東雲の的は二発ほど中央円の線上にのる形で穴が空いており、あとは黒丸の周りにまばらに穴が空いていた。全弾的中な上、かなり集弾率が高い。線上に乗った二発に関しても、最初の二発であり、そこから調整が効いてきたという具合だ。
一方、千葉も全弾的中であった。ほぼすべての弾が中央円内の黒丸付近に収束しており、何発かは黒丸を貫いている。そして千葉の唸っていたように一発だけが中央円の線上に穴を開けていた。
「素晴らしい結果じゃないか。それに君は本当に目が良いんだね」
東雲が拍手をしながら千葉を褒め称えるも、千葉自身は少々納得のいかない様子で黒髪をガシガシと掻いていた。
「んー……全部黒い丸の中、撃つつもりやったんやけど」
「参ったね、警察顔負けの射撃センスの持ち主だよ、君は」
「いやあ、それほどでもあるけど。でも祥ちゃんも肩慣らししてへんのにこの結果は流石やわ」
千葉は東雲の的を両手で持ち、照明にかざしていた。同じ場所に弾が掠めているため、二発貫通しているところも一見一発に見える箇所があり、それを確認しているのだ。
「いつでも撃てるようにしておかないと意味がないからね……少し射撃の訓練を増やした方が良いかもしれない」
「ヒットマンにでもなるつもりなんか?」
千葉はおどけているが半分本気で問いかけているような顔だった。東雲はその顔を見て思わず噴き出す。
「ふふっ……暗殺は僕の趣味じゃないよ。しかし、しっかり負けてしまったね。今日はお昼でも奢ろうか?」
「ほんまに? ありがたいけど、えらい潔く負けを認めるんやなあ」
的に空いた穴からニヤニヤと目を覗かせる千葉。その目からメッセージを感じ取る。
東雲は握った拳銃から弾倉を取り出すと、ラックに置いたままの弾薬箱から弾を補充した。そして千葉の持っていた紙の的を取り上げて、新しい的を千葉に渡す。
「負けは負けだよ。だが、君が望むならあと何回か勝負をしてもいいだろう」
「それでこそ祥ちゃん。次は的動かしたりしようや」
「悪くない提案だね」
千葉は嬉しそうに目を輝かせて新しい紙の的をレーンに設置すると、己の拳銃に弾を込め始めた。
――ゲーム好きの弟がいたらこんな感じなのだろうか。
不思議な高揚感が東雲に心の充実をもたらしていた。
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