ラクダネクタイの男
大隅 スミヲ
ラクダネクタイの男
右の頬は赤く腫れていた。
目撃者によれば、犯人は突然、被害者のことを殴打したとのことだった。
被害者である森野さくらは、新宿歌舞伎町にある飲食店の従業員であった。
彼女の証言によれば、その客が暴れだしたのは、森野さくらが席に着いた直後だったという。
この店は『サムライガール』というコンセプトカフェと呼ばれる店だった。
コンセプトカフェとは、特定のコンセプトを全面に押し出したカフェであり、カフェと名前はついているが、アルコールの提供をしている店も歌舞伎町では多かった。
サムライガールも例外ではなく、様々な種類のアルコールを提供している店であり、コンセプトはその名の通りサムライの格好をした女性がいる店であり、店の従業員たちは全員が袴や着物といった格好で身を固めており、髪型は髷を結うまではいかないが、長い髪の店員たちはみなポニーテールにしていた。
「なにか顔の特徴とか、服装とか、覚えていることあるかな」
歌舞伎町を管轄としている新宿中央署刑事課の高橋佐智子は、くだけた口調で被害者である森野さくらに問いかけた。
森野さくらは若い女性だった。だから、あえてくだけた口調で話しかけるようにしていた。相手の年齢や態度によって口調を変える。それは相手から情報を聞き出すための手段であり、森野さくらのような若い女性はくだけた口調で、同じ目線で話しかけることによって、話をしやすくなるということを佐智子は経験上学んでいた。
「変な柄のネクタイをしていたかな」
「変な柄って、どんなやつ?」
「派手なやつで、ラクダの絵が書いてあった。それがすぐに目についたんで、私は褒めたの。かわいいネクタイですねって。そしたら、突然暴れだして」
「ラクダのネクタイね」
佐智子は取り出したメモ帳に走り書きをする。
「他に何か顔の特徴とか覚えていることある?」
「うーん、初めて来た人だったから……」
「そっか。なにか思い出したら、また教えてくれるかな。これわたしの連絡先だから」
佐智子はそういって自分の名刺を森野さくらに渡した。
店内は和風と洋風が混ざりあったような空間だった。作り自体はバーであり、カウンターなどもあるのだが、壁に障子があったり、欄間がつけられたりしている。また、刀や槍といったオブジェも飾ってあり、どことなく外国人がイメージした侍の家といった感じもしなくもなかった。
「富永さん、聞き込み終わりました」
佐智子は別の従業員に聞き込みをおこなっていた同僚の富永と合流すると、お互いが得た情報をまとめだした。
「犯人の顔の特徴については、被害者はあまり覚えていないとのことでした。ただ、派手なラクダのネクタイをしていたそうです」
「ラクダのネクタイ? なんだそれ。ラクダの
「なんですか、そのラクダの股引っていうのは」
「え、知らないの。じいさんがよくはいているようなやつだよ」
「わからないです。これがジェネレーションギャップってやつですかね」
「バカ言うな。お前とは1つしか変わらないって」
そんな漫才のようなやり取りをしていると、森野さくらがふたりのもとへとやってきた。
森野さくらは先ほどまでの私服姿ではなく、袴を履いて髪をポニーテールにしてサムライ・スタイルとなっていた。
「刑事さん、あの男の似顔絵を描いてみたんだけど」
どこか照れくさそうに森野さくらはいうと、一枚の紙を佐智子に差し出した。
そこに描かれていたのは、眼鏡をかけた中年男性だった。
本格的な描写というよりはアニメっぽい感じの絵ではあったが、ラクダ柄のネクタイも描かれており、特徴をしっかりと捉えている感じだ。
「これが加害者ね。ありがとう、助かる」
佐智子はそう言って、その似顔絵を受け取るとスマートフォンで撮影した。
似顔絵の男にそっくりな人物がいる。
そう連絡をしてきたのは、歌舞伎町交番の巡査だった。
巡査によれば、トー横周辺のパトロールを行っていたところ、座っている少女たちにしきりに話しかけている派手な格好をした中年男性がいることに気づいたそうだ。
巡査は、その顔にどこかで見覚えがあった気がした。
見当たり捜査と呼ばれる捜査方法がある。それは犯人の特徴などを記憶した警察官が繁華街などで犯人を見つけ出すというものであり、警察学校でも習う捜査法でもあった。
どこで見た顔だろうか。巡査は記憶している指名手配犯たちの顔とその男の顔をマッチさせようとしたが、合う指名手配犯には辿りつけなかった。
しかし、男のネクタイを見た時にピンときた。ラクダ柄だ。それに気づいた巡査はすぐに佐智子に連絡をしてきたのだった。
男の身柄は任意同行という形で、新宿中央警察署へと連れて来られた。
森野さくらと同僚数人に男の
男はその場で逮捕され、取り調べで犯行を自白した。
ラクダのネクタイが逮捕の決め手となる事件だった。
ラクダネクタイの男 大隅 スミヲ @smee
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