第8話 竜と王女は冒険者になります

 ほんと、私とアートルムは運命共同体になっちゃったんだから、もうちょっと考えて行動して欲しいわ。

 私は再び商人ギルドに戻ってさっきと同じ窓口に顔を出す。

 

「すみません、さっきの者ですがギルドマスターはまだいらっしゃいますか?」

「申し訳ありません、マスターのキンバレーはつい先ほど転移のスクロールで行ってしまわれました。伝言でしたら預かりますが……」

「――いえ、いらっしゃらないのでしたら構いません。また日没後に伺いますね」

「畏まりました。お待ちしております」


 ちょうど居た私達の応対をしてくれた受付嬢に問い合わせたけれど、空振り。

 まあ急がせたから仕方ないわね。

 そうとなったらさっさとアートルムと合流しましょう。あいつの事だからきっと放っておけばとんでも無い事を仕出かしそうだから。

 そう思って急ぎ足で商人ギルドを出た瞬間、声が掛けられた。


「速かったなエスメ。キンバレーとは会えたか?」


 そこにはギルドの建物に背を預けて膝を抱えて座るアートルムの姿があった。

 何やってんだこいつ。


「一応聞くけど、何やってるの?」

「エスメを待って居たのだ。一人で行っても結局待つのに変わりはないからな」

「竜がやっちゃいけないでしょその待ち方は……」

「そうでもない。生まれてから今まで基本座るときは地べたに直だ」

「そんなわけ――確かにそうね」

「だろう? と言う事で行くか」

「どういう事よ……」


 私はアートルムに手を差し伸べて、彼が立ち上がる手助けをする。

 手は握られたけれど、全く引っ張られるような感覚はなくアートルムは立ち上がった。

 そしてなぜか手は握られたまま離れない。


「アートルム?」

「何だ」

「手、放して?」

「いや、暫くこのままが良い。これは良いものだ」


 ――もう、嬉しそうにしちゃって。仕方ないわね……。


「……ちょっとだけよ? 窓口に着いたら放してね」

「良いだろう」


 どうやったらこんな状態で尊大な口が利ける奴が生まれるのよ?

 ……ま、真剣な顔で恥ずかしい事言えちゃう奴だから今更よね。


 余談だけれど、冒険者ギルドは商人ギルドのある広場の向かいにある。

 因みに商人ギルドがある方面は商店街、冒険者ギルドがある方面は飲み屋街と一応住み分けの目安としてこの広場と両ギルドは役割を果たしているみたいね。

 お城からここは良く見えるから、世間知らずの私でもこのくらいの事は分かるわ。

 広場の雑踏の中を、アートルムの右手に引かれて進むと冒険者ギルドがその全貌を露にした。

 商人ギルドとは違い全体的に粗野な雰囲気を漂わせているそれは、外と中をたった二枚のウエスタンゲートで仕切っていて、中の様子も簡単に見える感じだ。

 周囲をうろつく者達も戦いを意識した格好で私やアートルムは少し目立っていると思う。

 アートルムがゲートを押し開けて私も冒険者ギルドの中に入った。

 ……多くの視線が集まっているのを感じる。強く、鋭い視線を。

 そしたら急に怖くなって、私は無意識にアートルムとつないでいる方の手を強く握った。


「――大丈夫だ。恐れることは無い。行くぞ」

「え、ええ……そうね」


 私の中に、少しだけ余裕が戻る。

 ……ちょっとだけ、手を握っていて良かったなと思った。

 しょうがないから、もう少しだけ手つないでてあげるわ。



 ♢



 冒険者ギルドの受付窓口まで来たわけだが、エスメは手を放す気が無いのか、我の右手を強く握ったままだ。

 まあ、我は一向に構わん。


「……ご用件は?」

「冒険者として登録したい。隣のも一緒にだ」

「それじゃあこの用紙にサインお願いしまーす」

「分かった」


 隣のエスメにも登録用紙を渡し、書き始める。

 右手は塞がっているが、左手でも問題なく字は書ける。

 我らがサインし終わって、退屈そうな顔の受付嬢に記入し終えた登録用紙を渡すと、唐突にこんなことを言った。


「――お客さん、自分の固有魔法オリジナルマジックは知ってます?」

「ああ。知っている」

「そっちのお嬢さんは?」

「い、いえ。分かりません」

「それじゃ、この水晶に魔力流してくださーい。隣のお兄さんも一応やってみてくれます?」


 受付嬢はどこからともなく人の顔ほどもある水晶球を取り出して机に置く。

 ――この女、収納空間を持っているようだな。


「良いだろう。触れて、魔力を流せばいいんだな?」

「そんな感じですねー」

「分かった。――エスメ、先に」

「分かったわ。こう……?」


 エスメが水晶球に触れて魔力を流す。

 すると水晶の中に現れた光が瞬き始めた。その光の発生は瞬く度に別の場所で現れる。

 自己加速――いや、詠唱・タイムラグなしの短距離転移か?

 面白い固有魔法だな、これなら我が身を以て感じたエスメの身体能力を生かした肉薄攻撃がより強力なものとなるだろう。


「あー、自己干渉系の固有魔法ですねー。じゃ次、お兄さんの方どうぞ―」


 流石に系統は割り出せても詳細な所まではこの女には見えぬか。

 まあ、好都合だな。


「ああ」


 我もエスメと同じように魔力を水晶球に流し込む。

 いつもの流量では破壊しかねないので少ない量を、ゆっくりと。

 ――すると透明だった水晶は漆黒に染まり、その夜空のような暗さの中に虹色の光が決まった形を取らないもやのように広がり始めた。

 これが意味するものを知る人間は恐らくいない。『魔視の魔眼』この本質は視えないだろう。視ようとすれば、魔眼と脳が焼き切れる。

 全てがあり、全てが無い。我の固有魔法【虚空ジ・エア】は光を生み、光を殺すのだ。


「わー、これ良く判りませんね。ちょっと待っててくださいねー」

「ああ」

「……この展開、さっきも見たわ」

「奇遇だな、我もだ」


 少し待つと、予想通り偉そうな人物が奥から出てきた。

 まあ十中八九ギルドマスターだろう。

 何か違うとすれば、その奥から出て来た人物が女性で、魔眼持ちだということくらいか。

 ついでに言うと、さっきの受付嬢は奥に引っ込んだまま出てこない。


「――アンタが系統外の固有魔法持ちかい? 随分と若いじゃないか」

「そうでもない。少なくともお前よりは年上だな」

「となると、ハーフエルフの類かい? であればその口調も納得できるからね」

「まあ、そんなところだ」

「そっちのお嬢ちゃんは? 随分な綺麗所じゃあないかい。――いや、名乗らなくても良いさ。何となくの事情と二人の立場は分かった。そっちの辺境伯サマの。それで? その辺境伯夫妻が冒険者に登録かい?」

「!?」


 我らにだけ聞えるように言ったギルドマスターの言葉は、我らの状況の正確な所を掴んでいた。

 エスメが驚いて開いた口が塞がっていない。可愛いな。


「そうだが、――それは魔眼の効果か? 未来視か? 過去視か? それとも……」

「ご明察、これは千里眼さね。前も後もお見通しさね。これのお陰で何とか死なずに冒険者をやって来れたってもんさ」

「そうか、そうだな。お前のような強い女が死ぬのは人間にとっての損失だ」

「……!」


 エスメが我の足を見えないように履いているヒールの高い靴でグリグリし始めた。

 手も握り潰さんとしているのか、万力と遜色ない力が入っている。

 彼女の顔を見ると顔面には怒りを孕んだ笑顔が張り付いていた。……今のもダメなのか?

 


「……おやおや、辺境伯サマはおじょうずだねえ! はっはっは! ……それで、モルガン殿の固有魔法の件だけどね、単に『系統外』として登録させてもらうよ」

「それで構わない。――一応聞くが、固有魔法を登録する意味はなんだ?」

「そいつが事件を起こした時に固有魔法の系統が分かっていれば犯人が絞りやすいからさね。アンタ方は多分あり得ないだろうがね!」

「そうだな」

「……」

「――おっと! 仲のいい新婚夫婦の邪魔をしちゃあいけないね! 私はローズ・ピケット! 冒険者証は三十分もあれば出来上がるから、待合室で待ってな! それじゃ私は書類仕事に戻らせてもらうよ。……ドラゴニアとそれを見守る原初の竜に幸あれ」

「――ああ、また会おう」

「……ごきげんよう」


 人一倍うるさいローズが居なくなって、ギルドに本来の騒がしさが戻った。


「――新婚だって!? めでてえなあおい!」

「おれもお嬢ちゃんみてえな女抱きてえよ!」

「お前には娼館のババアぐらいが丁度良いわ!」

「んだとう!?」

「二人仲良く死んだりするなよ! 特に街道で盛ってるときにやられれば悲惨だぞ! 『やる』だけにな!」


 ガハハハハ! 空いている席に我らが落ち着くと、昼間から飲んだくれている熟練の冒険者連中が大声で我らを冷やかし始めた。

 その殆どが下品な言葉で埋め尽くされていたが、害意は見えない。

 ――これが冒険者流の歓迎か。全く、楽しい連中だ。


「――アートルム! さっきのは何なのよ?」

「社交辞令の一つぐらい必要だろう。我の女の幸せが、我の幸せだ。心配せずとも愛しているのはお前だけだ」

「――ッ! ……だったらもう少し構ってよ。アンタ凄い竜なんでしょ……?」


 会ってまだ二日。最初はかなり拒否された覚えがあるが、いざ結婚するとかなり妬くのだな。まあ、そこが可愛いところではあるが。

 ――本当に、これは良いものだと心から思える。

 我はほころびそうになる表情を務めて維持し、頬を赤らめるエスメの姿をただ見ていた。

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