第14話 純白の竜は嫉妬します
創造竜アルブムは我の対となる原初の竜の一柱。
調和を重んじるラーウムと併せて三柱。
それがこの世界の頂点。世界を統べる三柱の竜と言う生命体だ。
ラーウムが歩くと地面には美しい花が咲き、緑が更に鮮やかなものとなる。
彼女の固有魔法【
「何の用だ?」
「
「お前が人間に興味が無いのは知っている。何故人を警戒する?」
「そうとも、私の興味の対象はいつだって君だけだ。ただ危ない橋は渡らないだけさ。――ねえ、どうしてあんな下等生物と馴れ合う? あんなのは今こうして足元を歩いている蟻と同じだよ。ほら」
ハイヒールを履いたアルブムがヒールで器用に足元の蟻を念入りに潰し殺す。
……不快だな。
「勘違いしたら面倒なので言うけど、別に人間が嫌いという訳では無いよ? ただ、こちらが気を付けていないと死んでしまう様な脆弱な生き物たちに気を掛けるだけ無駄と言う事さ」
「こちらが一挙手一投足を気にしなければならない程人間は脆弱ではない」
「……知ってるよ。嫌味が通じない相手ってこれだから……まいいや、それじゃ次の質問。何故人間の姿に?」
「人類種の文化に触れる為には竜の体では大きすぎるからだ。人は人の為に文化と文明を作るのだから、我が人間の姿を取ればその恩恵や弊害、そして本質を感じ取れると思ったのだ」
「そう……。でも別に人類種の文化に触れる為に、人間の雌は要らない筈だよね? 何故?」
「それは……」
そう言われて、言葉に詰まった。
コレと言った理由が見当たらなかったからではない。
――その、少し言葉にするのが恥ずかしかったからだ。
しかし、一度話始めてしまえば一から十まで話す事もやぶさかでは無かった。
「それは? 何?」
「――う、うむ。そうだな……彼女の心、振る舞い、見た目に惚れたからだ、と言っておこう。つまりは一目惚れだな。始めは一方的なものであった。我が城のバルコニーからアーカーシャ山を望むエスメを――」
「……もういい」
「エスメはな、かなり反発的だが我が他の女と話せば妬くし共に歩けば手を――」
「もういいよっ! アートルムストップ!」
「……何だ? まだ話は終わって無い――ッ!?」
みぞおちにヒールが深く刺さる。先程その底部で蟻を潰していたそれが我の内臓をかき混ぜるように振舞っている。
【
両の手が無意識に砂の地面を爪がはがれる勢いで搔きむしる。
視界が、揺れる――。
「――ねえ、わかる? 嬉々として他の女の話をされる私の気持ちが! 私アートルムに会いたくてわざわざ人間の姿になって来たのに! あり得ないんだが!? ……もう死んじゃえよ、おらっ!」
「…………」
「死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ」
アルブムがアートルムの腹をヒールで刺し、抉る度に血や臓器の破片、その内容物が泉のように湧き出てくる。
治ったはたそばから、補充されたそばから壊されて、掻き出される。
風通しが良く、開けた場所の筈だが鼻を突く様な刺激臭と鉄の濃厚な臭いがその空間に立ち込めていた。
「……ふん、いい気味だよ。
「……」
「次来た時までに直って無かったら、ラーウム共々本当に殺しちゃうから」
――数分の後、アルブムは真っ赤になった右足をアートルムの腹部から引き抜いた。
とうに意識を飛ばしたアートルムから返る言葉はない。あれだけ腹の中身を掻き出され続けたのに安らかな顔をしていた。
「この――――ッ!」
そんな顔が癪に障りアルブムは収まったばかりの怒りが再燃、再びの攻撃に備えて右脚を大きく持ち上げた所で、彼女は不穏な力を感じ取り瞬時に数歩下がった。
それは明らかにアートルムの内側から発していて、アートルムをよく知るアルブムをして『これはヤバい』と思わせるほどの攻撃的な意思を発していた。
『警告。これ以上の攻撃は所有者を殺害せしめる害意と判断し、
その声は確かにアートルムから発せられていたが、その中身が別物に成り代わっているのがアルブムには簡単に分かった。
アートルムは暴力を盾に相手を威圧しない。心優しい竜だとアルブムは知っている。
「……チッ、
『賢明な判断だ』
「私はいつだって賢明さ。私だって竜だ、星を支える竜の三柱が一本でも崩れればどうなるのか、身に染みて知っているつもりだよ?」
『……』
「ふん、それじゃあ私帰るから。アートルムには次会う時までにしっかり使える体用意しておいてね? じゃれ合うならやっぱり対等な強さじゃないと」
返事もなく、アートルムの体から発せられていた不穏な力は霧散した。
アルブムも踵を返し横たわるアートルムから離れて行く。
人気のないこの場所で、一連の目撃者はいない。
ただ静かに、二人の再会は終わりを告げたのだった。
『脅威の退去を確認。――
♢
目を開けると、一面の星空が飛び込んできた。
そう時間は経っていないようだが、先ほどよりも更に寒く感じる。
どうやら我は気を失った所とは別の場所で目を覚ましたらしい。
旧アルビオン邸にほど近い、先ほどまで居た集落から続く道だ。
我は意識の無いまま歩いていたのか?
アーカーシャ山より降りてくる風がまだ治癒し切らない腹の傷にしみる。
「……なるほど、寒い訳だ。アルブムめ存分に我の腹で遊んだと見える。血糊で服がべとべとだ」
これほど血肉に濡れた服を着ていてはな。
体を清めて着替えもしたいが、今着替えを持ち合わせていないしそれよりも早く帰って我の無事を知らせるのが先決だろう。
これで魔法が使えるようになった筈だ。
「どれ、転移でもするか」
転移魔法は攻性魔法では無いが、術式の指向性が狂えば大事故を起こしかねない高度な魔法。とてもでは無いが最適化無しでは使えなかった。
アーカーシャ山から城に向かって飛んだ時も、竜種持ち前の飛行スキルで何とかしたのはその為だ。
――頭の中で術式を構築し、魔力を巡らせる。問題は無さそうだ。
後は出来上がった術式を魔力の放出と共に開放すれば、魔法は発動する。
外から見れば、我は忽然と消え去ってしまったように見える。
そしてまだ見慣れぬ仮の拠点、その直前に突然現れる。
よし、最適化は問題なく作用している。
「――戻ったぞ」
玄関の扉を報せるように叩き待って居ると、屋敷の中から飛び出してくる影が二つ。
「アートルム様ッ! お怪我は――わあ!?」
一番最初に出てきたのはソフィアだった。
予想以上に我が扉のすぐそばにいたせいか、驚き顔もそのままに我の胸に飛び込んでくる形となった。
「安心しろ、ちょうどいま治った所だ。……と言うかソフィアこそ大丈夫か? 服が我が血とその他我由来の体組織で駄目になるぞ」
「アートルム様のそのお姿と比べればこんなのは問題にすらなりません! ……それよりも、出迎えがハグ――こんな形になってしまって申し訳ありません……すぐ避けますから」
「なに、ソフィアが良いなら我は良い」
ソフィアがわなわなと震えながら我から離れていく。
やはりと言うか、当たり前だが他人の血肉に塗れるのは得意では無かったらしい。
やはり体だけは清めたほうが良かっただろうか?
――と、思っていると二つ目の影、エスメがゆっくりと姿を露にした。
「――え、怪我? アートルムが? ソフィアお姉さまどういう事ですか?」
「エスメ様は寝ていらっしゃいましたから知らなかったでしょうが、先ほど敵らしき気配を感知して私達だけ転移しここに帰ってきたのです。アートルム様は腕試しの為に足止めも兼ねてその場に残られたのです」
「大したことは無い。通りすがりの竜に目を付けられてな、終わってみればこの通りと言う事だ。まあ、攻性魔法も満足に使えない状態で挑む相手では無かったなと反省している。心配を掛けたな」
『心配を掛けた』そうエスメに言ってみるが、当の本人は寝ていたし今もそう心配した風には見えない。
少し寂しい感はあるが信頼の裏返しと言う事にしておこう。
「……そう、アートルムにも勝てない相手は居るのね」
「万全な状態なら七割の確率で勝てた。が、今回はそもそもの出力が違い過ぎた」
「七割ってまた微妙な数字を……っていうか何この臭い? くっさいんだけど」
「ん? ――ああ、それは多分これのせいだな」
エスメの手首を掴み、我の腹にあてる。凝固しかけた血とその他色々なものがべっとりとエスメの右掌に張り付いて赤黒く染める。
それはエスメが指摘したように形容しようの無い不快な臭いを立ち上らせている。
我はもう慣れたがな。
「ちょわっっ!? は!? なにこれきったな――くっさ! え!? なにこれくっさいんだけど! あんた私に何つけたの!?」
「……うむ、しいて言うならば『我そのもの』だな。血と臓物の混合物ともいう」
「……へ? チ……? ゾウモ……? あっこれまずい――」
エスメの脳が状況を理解するや否や彼女の本能は気絶することを選んだようだった。
波が引くように意識が失われ、我の方に崩れ落ちてきた。
当然、我に体を預けたエスメは血だらけでさっきの右掌どころの騒ぎではない。
「あの……アートルム様」
「ああ、セルビスを呼んでくれ。これでは我ら三人共屋敷の中には入れない」
「承知しました」
こうして我らは何とも締まらない一日を終えた。
世界最強の竜が、人間になるそうですよ? あなごるごん @ANAGO_CV
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