第13話 漆黒の竜は純白の竜と再会します
「――半年ほど前でしょうか、馬車に乗った医者を名乗る男がやってきまして。名は名乗りませんでしたが裕福そうな見た目をしていて、『ここから医者に通うのは難儀でしょう、これからは私が時々ここに来て診療しますから』と言ったんです」
茶の入ったカップを手に持ち俯きざまに語るのはこの集落のまとめ役をしているジョー・ウォルソンだ。
彼は件の薬で妻を失い失意の底にいた。今は娘と婿、そして孫の四人暮らしをしているという彼の家の中は確かに暗い雰囲気が漂っていた。
「裕福そうな見た目の男が医者を騙ってここを訪ねて来たのだな?」
「はい……。診療の値段も安く、皆喜んで彼を歓迎しました。私も、その後の顛末を知る由もなく喜んでいた一人です」
「仕方ないだろう、値段はさて置き救いがより近くにあるのならそれに頼りたくなる気持ちは理解できる」
「いえ、本当ならばあの時に気付けたのです。皆貰った薬を飲んだらその日のうちに『痛みが取れた』、『疲れが取れた』、『若返ったようだ』と。どんなに高価な魔法薬でも長年の腰痛など、多種多様な病状が一瞬で治る道理はありません。それが格安、そしてただの生薬だというのだから尚更の事。私も妻が喜ぶ姿を見て真実を視る目が眩んでいました……」
「そうか」
医者を騙る阿呆は『生薬』と宣ったか。――だが、それが普通の薬ではなく麻薬であれば話は別だ。
成分が吸収され脳に届いてしまえばそれは大きな代償の代わりに無二の全能感と快楽、そして痛覚に対する耐性を与える。
そしてその即効性は非常に高い。それが何なのか知らなければ奇跡の薬だとでも思うだろう。
――しかし現実は違ったはずだ。
「渡された薬が切れた頃……二週間ほど後の事だったでしょうか、妻は私や近所の者に例の薬をせがむようになりました。隣近所の薬を貰った者達も同様に『あの薬が無いと駄目なのだ』と。今までとは人が変わってしまったようで、あの時の血走った眼は忘れられません」
「禁断症状が出始めたのか」
「恐らくそうだったのでしょう。しかし私は医者ではありませんし、麻薬を体に入れればどうなるかなど知る筈もありません。……こんな辺境育ちですから」
「そうだろうな」
「すると、我々の選択肢は自ずと一つに絞られました」
「――また医者に頼る、か?」
「……その、通りです」
そして事態は悪化の一途を辿り、先ほどの光景になったと言う事だ。
責める事はできないな。
特にこのような何もない場所ではな……。
「経緯は大体読めた。――言い忘れていたがウォルソン、今現在我々が確認している被害者は全員魔法による治療が進行している。お前の妻を助けることが出来なかったのは残念だが、我は領民の為の支援を惜しむつもりは無い。この問題の根元も完全に消し去ることを約束しよう」
「なんと……この短時間の内にそんなことが。本当に有難い事です。今までは国王から、他の領から見えにくいこの場所である意味で自由にやらせていただいて喜んでいた我らですが、このような事が起きてしまってはやはりこの広大な土地を健全に保つために舵取りをする者が要ります。――貴方様のような方が」
「――何、治療以外の全てを取り組んだのは我の友だ。我の差し金ではない故気にすることは無い」
「いいえ! それでもその方々は貴方様のお声掛けなければここに来ることは無かったのでしょう?」
「――どうだろうな。あれらは所謂正義の側にいる者達だ。我が居なくともお前たちの助けを求める声は届いていた事だろう。さあ、話もこの辺にして我は帰らせてもらおう」
しきりに感謝の言葉を述べるウォルソンを背に玄関へ向かう我だが、少し引っかかる事があって踵を返し最後にもう1つだけ質問することにした。
「――そう言えば医者を乗せていた馬車だが、御者はどのような風貌だった?」
♢
「…………んぅ。……そういえば、わたし気を失って……?」
「――おお起きたか、気分はどうだ? もう少しで仮住まいに着くからそのまま寝て居ろ」
気付いたら、私はアートルムに背負われていた。
驚きはしない。ただ、彼の細い体つきとは裏腹に不安定さはなく、その背中はとても大きく感じられた。
――意外と頼もしいところもあるのよね。
それに、心地よい温かさ。人肌よりも少し体温は高いのかも。
私は信頼を伝えるように全ての体重をアートルムの背中に預けて、彼の心音を聞きながら話を続けた。
「……そういえば、治療はどうなったのよ?」
「現在進行中だ。集落全体に治癒と解毒の効果を含む結界を展開したからな」
「そう、なら安心ね。皆貴方に感謝するはずよ、大手柄ね」
「それはこれからだろう。明日からはエスメと我は戦闘訓練。人の体で戦いに慣れるのと同時にエスメの固有魔法の特訓も兼ねる」
「それはまた随分急ぎ足ね」
「そうかもしれないが、今回の件我とエスメで片を付けてみたい。『初めての共同作業』と言うやつだな」
「何言ってるのよ、もう……」
別に何でもない事だけど、言われてみると少し恥ずかしい。
――でも、私も王族として自分の目と耳で事の全て知りたいと思っていたから好都合ね。
はじめっからこの体たらくじゃ説得力無いかも知れないけれどね。
……何だかアートルムを感じながら色々と考えてたら眠たくなってきちゃった。
お屋敷に着くまでだから、ちょっとだけ……。
「――なあ、エスメよ。これからはセルビスが居るから好きなものが食べられるぞ。何が良い? ……エスメ?」
「アートルム様。奥様はお休みの様です」
「そうか」
「……」
「――なあ、ソフィア。その『奥様』と言うのを止めないか?」
「え……?」
案の定ソフィアは困惑の表情で我を見る。
分かっているとも、今までそうであったものをいきなり変えるのは多少なりとも苦痛を伴うのだと。
でもこの仕事然とした態度は好むところでは無いし、エスメも言っていたからな。
――『エスメと呼んでください』と。
「特にソフィアは距離が近い分そういう呼び方は引っかかるのだ。敬ってくれるのは良いが、我やエスメ、ソフィアと他の全ての縁ある者達はあくまでも『対等』であることを望んでいる。我が似たようなことを何度か言っていたのは憶えているだろう?」
「はい。……しかしやはり対等と言うのは少し」
「気にする必要は無いぞ? 出会って三日目のエスメでこれなのだからな」
「しかし、わたしと奥さ――エスメ様とは立場が違います。エスメ様はアートルム様の奥様ですから、ただの冒険者である私とは違うのです」
「――その理屈ならばソフィアは我の妻となれは接し方を変えてくれると言う事か?」
「…………ご冗談を。エスメ様が居るところでそのような事は」
「もちろん冗談だ」
今の会話、エスメが起きて居たらどんなことを言っていたか気になるが。
不思議と怒られることは無さそうだなと思った。
エスメはソフィアの事が大好きだからな、全く羨ま――けしからん。
「――ん? ソフィア」
「はい。――我々を狙っている者が居ります。ここは私が――」
「いい。物は試しだ我がやる。ソフィアはエスメを頼む」
我は背に負ぶったエスメをソフィアに受け渡して収納空間から一振りの剣を取り出した。
するとこちらの敵意を感じ取ったのか、敵は一直線にこちらへ向かってくる。
「ソフィア、転移を」
「――は。ご武運を!」
ソフィアと彼女に抱えられたエスメが消えた瞬間、鋭い斬撃が我の首元に届いた。
首の皮一枚ほど斬られただろうか、僅かに痛みが感じられた。
敵の顔は見えない。ただ、体格からして女だろうというのは見当がつく。
回避を。そう思って後ろに跳ぶ瞬間、我の右脚が敵に払われあらぬ方向に折れ曲がってしまった。
――いや待て、何かおかしい。城が崩れるからやめろと言う程のエスメの殴りや蹴りでびくともしなかった体が壊れただと?
『超越者』としても強すぎる。こいつは、誰だ……?
『攻撃により右脚部損壊。攻性魔法術式展開失敗。術式指向性維持困難。魔力回路適合しません。
「飛んだり結界は展開できるのに戦闘は出来ずか! 器用な体だッ!」
股関節は辛うじて崩壊を免れたが、代わりに強烈な痛みが背筋を這いあがって来る。
――これは流石に堪えるな。
「ぐっ――! 急ごしらえのこの身では我の機動と魔力に耐えられぬか!」
『個体の強さは魂の強さに由来し、肉体はただの入れ物に過ぎない』と言ったことがあったが、それはその魂がその『器に魂が完全な適合を示している場合は』と言う但し書きが付く。
その点で言えば、竜の魂に人間の肉体が適合するという道理はまずないだろう。
適合の為には我の魂出力に見合う肉体強度に仕上げる必要がある。
骨、筋肉、神経、魔力回路、循環器等々。全部一から組み上げ直す。
だからこうして器たる肉体の改良、修正を図る為敢えてこのような事をしているのだ。
今我は後ろに跳んで右脚を砕いた。
であれば砕けないように修正して行く。
簡単な作業だ。――【
『――【
流石に今の体で3%以上は解凍できないか、歯がゆいな。
【
敵も流石に警戒したか、間合いを取ってこちらの出方をうかがっている。
この段階での逃走を選択しないと言う事は子飼いではなく雇われだな。
恐らくしくじれば雇い主に殺される。
「右脚が動かぬからと言って戦えぬ我ではないぞ!」
和らぐも未だ警鐘を鳴らし続ける右股関節の痛みを無視し、今度は我の方から敵に向かう。
当然、人間の武術など知らない我はただ剣を振り下ろすだけだが、その速度と正確さだけは誰にも負けるつもりは無い。
振れば斬れる。それが剣というものだろう?
大分速いものも見られる様になった我の両目が音速を軽く突破し、敵に降りかかる斬撃を捉えた。
――だがそれは
違う、コイツは暗殺者などではない。もっと質の悪い存在だ。
重たい首を敵のいる方へ向けると、丁度その敵はフードを降ろして『漆黒』の対、『純白』と形容できる姿を露にした。
「……お前は――アルブムか」
「やあ、久しいね破壊竜アートルム。元気だった?」
原初の竜の一柱、創造竜アルブムがやって来た。
我は不穏な予感と共に、血と土の味を噛み締めた。
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