第6話 竜と王女は出発します

 ――ホンット、あり得ない!

 なにあれ、『今夜はこの部屋から出さん』って?

 普通に寝てるじゃないのよ! 私がどんな気持ちでアートルムのベッドに入ったと思ってるの!?

 ちょっと期待し――恐怖を感じたわ! 恐怖を! あの腕力、勝てる気がしないし!

 私なんか簡単に組み伏せられて、そしてあんなことやそんなことを陽が昇るまで――じゃなかった!

 兎に角! コイツが起きたら小一時間は説教してやるんだから!

 というか、今起こしてやる!


「ちょっと、アートルム起きなさい! ちょっと――――え?」


 アートルムは寝ながら涙を流していた。

 私はその衝撃的な光景につい声を掛けるのを中断して息を飲んだ。

 だってそうでしょう、今まで恥ずかしい言葉も淡々と話すまともな感情なんて無さそうなこいつが泣いている。

 今までのイメージからしておよそ考えられない現象がここに起きている。

 私の中のアートルムのイメージが土台から崩れ始めた。


 ――この竜、可愛いところあるじゃない。


「……起きなさいよ、もう朝よ」

「……ああ、もう朝か。睡眠という行為は初めてだが、これは中々だな。まさか過去の記憶を追体験できるとは」

「過去の記憶?」

「百七十年前にやって来た女の事だ。ついに生きて山を下りる事は出来なかったが、あれもエスメに似て強い女だった」

「……」

「ん? どうした?」


 ――そう? 私と一緒に寝ていたのに初めて見た夢が昔の女、ね。

 そして更に彼女の死には涙を流して悲しむほど思い入れがあったと。

 前言撤回。私という女が傍に居ながら別の女の事を考えるなど言語道断、不愉快の極み。

 そう思った時にはもう、私の右手がアートルムの顔面目掛けて飛び出していた。

 拳の激突と共に部屋を揺らす衝撃波を伴ったそれは常人が出来る攻撃では無かったけれど、コイツに効いた様子はない。

 まさかこんな形で私が強くなった事を知る羽目になるとは。

 右手の痛み然り、色々と悔しいわ!


「――またか。手を出す前に言葉で何か言ってはくれないだろうか?」

「貴方、自分で分かって無いの? 結婚生活一日目で破局の危機が今起きているのに」

「はきょく……? ――待て、破局だと!? それは待って欲しい。理由を説明してくれ! 我の何が悪かった? どうすれば良い!?」


 あれ、予想以上にアートルムが慌てふためいてるわ。

 ……何だか感情に任せて怒鳴る気が失せちゃった。

 ――アートルム、そういう所だからねほんと。

 仕方ないんだから……。


 その後、私は小一時間懇切丁寧に昨夜から今に掛けて一体何が駄目だったのかを解説と対処法も交えながら教えてあげた。



 ♢



 エスメから一時間ほど説教された。

 曰く『据え膳食わぬは男の恥』だそうだ。

 良く判らないが、誘われたときは大人しくそれに従えば良いと言う事だろう。

 後、エリザの話をうっかり漏らしたのも不味かったようだ。

 あれとは別にそう言った関係では無かったのだが……兎に角女に関して紛らわしい事は言わない方が良いだろう。

 原初の竜の一柱アートルムが『この子と決めた』人間の女性はエリザではなくエスメだ。

 なにに代えてもエスメだけは幸せにすると決めたのだ。


「それでエスメよ。その服のままは良くないな、我にとってもお前にとっても」

「そうね。でも着替え持ってきていないしこのまま――」

「駄目だ。それは駄目だ。――どれ、エスメのドレスとペンダントを召喚しよう」


 その恰好を誰かに見せるなどあり得ない。


「え、召喚?」

「元々我が持っていた物の所在は感知可能だ。座標を割り出して召喚することもな。……このように」


 我が魔法を発動させると、ベッドの上に畳まれたドレスとアレキサンドライトがあしらわれたペンダントが現れた。

 間違いなく、昨日我がエスメに送ったものだ。


「このドレスは言ってしまえば強力な防具。可能な限り着ていて欲しい」

「でも、ずっとこのドレスを着ているってのもなんか変ね……。違う意匠のものも作れないの?」

「作れるが、それ程必要か? それは汚れる事も濡れることも無いぞ」

「必要よ。アートルムはもう少しお洒落だとか着飾るとか、もっと人間の文化的な所を覚えた方が良いわ」

「確かにな、勉強させてもらおう」


 服飾についても人間の興味深い文化の一つ。面白そうだ。


「……ねえ、いつ旅に出るつもりなの?」

「わからないというのが正直な答えだ。特に領地を与えられるのは予想外だった

「そうね。アートルムは一夜にして聖王国トップクラスの辺境伯よ」

「それに伴いかつての生贄達も呼んでしまっているので、先ず領地に――アルビオン領には行かなければなるまい。帰る家も必要であるしな」

「そう? でもお家を建てるったって、辺境伯なら豪勢な邸宅でなければ舐められるし……そもそもお金あるの?」

「金は無いが、金になるものは沢山持っている」


 宝石や金鉱石、ミスリルにアダマンタイト、オリハルコンと魔法金属も収納空間に各種持っている。

 因みに収納空間スキルはあらゆるモノを収納した瞬間のままに仕舞っておけるもので、容量はそれを持つ者それぞれに上限があるが我の場合は例外のようだ。

 生まれてから今まで使ってきたが、底が見えない。


「それなら、アルビオン領に向かう前に一度城下で換金と冒険者ギルドの登録をした方が良いかもね」

「冒険者か」

「旅をするなら冒険者の登録はしておかないと、払う関税が高すぎてやってられないわ。……それに、折角戦える強さを手に入れたんだから小銭稼ぎくらいいいでしょ? こういうの前からやってみたかったのよ、格好いいし」

「確かにそうだな。領主となった事で定期的にドラゴニアに戻る必要は出てきたが、旅の道中は冒険者として依頼をこなしながらというのも面白そうだ」


 時間はまだ昼前。

 ――時間に余裕はあるな、行くか。


「よし、今から動く。エスメは早く着替えろ」

「流石にそれはいきなり過ぎない?」

「問題ない」

「アートルムはそうかもしれないけど、こっち王国としては色々準備が――」

「我とエスメの処遇などクリフトンが何とかするだろう。装備等々はそれこそ城下で揃えればよい。我は我の望むように動くだけだ」

「――まあ、それもそうね。ここまで来てこの城に足止めされるのも癪よね」

「そう言う事だ。我は馬車を用意させる。その間に着替えておけ」


 我はそう言って自室から出た。流石にここで飛べば城が崩れるからな。



 ♢



 流石の我も今日城を出るのは止められるだろうと踏んでいたのだが、案外すんなりと許可が下りた。

 馬車も目立たない意匠のものが用意されて既に入り口の前に待機させていると言う。

 ここまでくれば逆に『出て行ってくれ』と言われているような気分になるな。


「まさかここまで早く城を出る事になるとは。いやはや全くの予想外でしたな」

「そうは思えぬ準備の良さだがな」

「昨日お話を聞いた時点で用意させていたからでしょう。まあ長くても三日程度だとは」

「そうか、まあ何にしろ助かった。領地に戻る時には手紙を出そう。その時はアルビオン領に来ると良い」

「ちょっとアートルム、お父様は一応この国の王様よ? こっちから出向けばいいじゃない」

「いや、エスメいいのだ。私もあの閑散とした地がどのように発展していくのか、見てみたいからな。あくまで対等な関係を維持したい事もある」


 そう言う事だ。今回こちらが城に赴いたのだから、今度はクリフトン王とエレナ妃がこちらに来る番と言う事だ。

 それまでには何とか体裁を整えねばな。


「さ、着きましたな。――エスメ、しっかりな」

「ドラゴニアの顔に泥を塗るようなことはしないように、アートルム様の良い伴侶として励むのですよ」

「もちろんです。エスメ・ゼイン・ビアトリクス、またいってきます」

「――アートルム殿、娘を任せます。くれぐれも……」

「任せろ。エスメを害するものは誰であろうと排除する。そして我はエスメの幸せの為に最大限愛を捧げ、幸せにすると約束しよう」


 後ろからエスメによる渾身の蹴りを食らった。

 見ると顔が真っ赤だ。可愛いな。


「……やめてよ」

「止めん。言葉にしないと伝わらないからな、特に我は」

「――あんたの気持ちはビシビシ伝わってるわよ……」

「ん? 何か言ったか?」

「何でも無いッ!」


 エスメの言葉を聞き逃し、本日二度目の蹴り。今度はさっきよりも強いな。


「何だか娘のこういう姿を見るのは何だかむず痒いな……」

「私もです」


 エスメの両親が見合わせて頬を染めている。

 少し見せつけ過ぎてしまったか?


「――もう行きましょう? これ以上は色々耐えられないわ……」

「そうだな、行くか。――それでは、エスメは預かって行く」

「――あ、ああ。頼む」


 王妃も言葉は無かったが我に深く礼をして我らを送り出してくれた。

 先ず向かうは商人ギルドか。エスメが御者に行き先を伝えて間も無く馬車が出発した。

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