雨桜に結う
七雨ゆう葉
第1話 開花
ほの暗い布と布の境界。そこから差す放射線が角度をつけ、徐々にベッドの方へと迫って来る。その後一分と経たずして、容赦ない光が渇いた
「ああ、先生。どうも」
突如、玄関から飛び出した甲高い声。直後、「いつもすみません」と
三月、春めく季節。こうして僕は一度も学校へ行くことなく、中学二年生を終えた。自ら選んだ自宅
何度も目にしてきた光景。聞こえてくる母の謝罪の数々。その度にドクっと痛む心の臓。目に見えない鉛の塊が体内に沈殿していくような感触を、僕はこの日もまた感じていた。
「ユウ」
その後自宅に戻った母は支度を済ますと、階段の下からアフタヌンコールを放つ。それに呼応し、ゆっくり扉を開ける。ルーティンワークとは言えない、ルーティンの始まり。部屋を出るのは食事と風呂、それとトイレの時だけ。父親は単身赴任で家を空けており、一方母は在宅で仕事をしながら日々の家事をこなしてくれていた。
きっと母は、毎日毎日昼食を準備することにうんざりしているだろう。一人ならチャチャッと適当に済ませれたのに、と。
ダイニングに並ぶ
でも、その努力も結局は水の泡と化すんだ。今日だって手間暇かけて完成させたこの彩色を、僕はものの数分で胃の中に流し込み消し去ってしまう。費やした時間と労力は、何にも還元されることはないのに。僕はどこまでも最低だ……。
「ほら、冷めちゃうわ」
静止する僕を、キッチンでひと段落した母が優しく急かす。
「……うん」
正面に座る母。無慈悲な我が子を、母はどんな顔で見ているだろうか。伸びた髪、血色の悪い肌。こんな
僕は意識だけでも逃避させようと、リビングで流れるテレビへ視線を流した。
『本日3月14日、桜の開花を発表します――』
中継先の公園。統計開始以来、最も早い観測記録というテロップと共に、拍手と歓声が沸き起こっている。単なる開花宣言に、ここまで集まるものなのか。桜って、特別なんだな。
『じつは今日、ちょうど卒業式があったとのことで、今年卒業された学生や親御さんたちがたくさんいらっしゃってて、大変な賑わいを見せております!』
レポーターの言葉通り、カメラ越しには満開の桜を背景に、卒業証書の筒を持った多くの学生、そして綺麗におめかしをした保護者の人たちでひしめき合っていた。
友だち同士、親子並んでと、
僕はその時。
一年後の自分の未来を想像し、ただ絶望していた。
(……ごめん)
言葉には出していない。
なのに。母は反応したように、僕を見た……そんな気がした。
「ン、ウウッ」
むせそうになるのを必死に
雨桜に結う 七雨ゆう葉 @YuhaNaname
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます