あのまばたきの意味
大隅 スミヲ
あのまばたきの意味
どうしても、あいつから一本を取りたかった。
剣道部生活の3年間。あいつから一本を取ったことは、まだ一度もない。
どうにかして、一度でいいから一本を取りたい。
そう思っているうちに、月日は流れ、3年が経過してしまった。
来週の日曜日に開催される地区大会。そこで負ければ、3年間の剣道部生活は終わりを告げるのだが、上位2名に入れれば県大会へ行けるため、引退が伸びるというわけだ。
だが、いまの俺の実力では上位2名に入るのは難しい。そのくらいのことはわかっていた。
「木下、地稽古やろうぜ」
そう声をかけてきたのは、花岡だった。
自他共に認める剣道バカ。この男は剣道を生きがいにしている。
そして何よりも、強い。
去年はインターハイで準決勝まで行っている実力者だ。そして、俺はこの花岡から3年間一度も一本を取れた試しがなかった。
今日こそ、花岡から一本取ってやる。
そう意気込んで地稽古に挑む。
ちなみに、地稽古というのは審判をつけずにやる試合形式の稽古のことだ。
俺は腹の底から声を出して気合を入れる。
面の向こう側に見える花岡の顔は、どこか笑っているようにみえる。
くそ、余裕をかましやがって。
俺は正眼に構えるとじりじりと間合いを詰めていった。
俺の竹刀に衝撃が走った。
花岡が俺の竹刀に自分の竹刀を当ててきたのだ。
咄嗟に竹刀を横にして防御態勢に入る。
「胴っ!」
花岡の声。俺は腹部に衝撃を受けながら、その声を聞いていた。
「まだまだ」
俺は自分に言い聞かせるように気合を入れ直す。
竹刀を振り上げて、面を打ち込みに行く。
しかし、竹刀を合わせられ、俺の打ち込みは逸らされてしまう。
花岡ってさ、面を打つ時にまばたきを3回するんだよ。
誰かが言っていた花岡の癖。
それは俺も知っていた。だが、まばたきを見ていたんじゃ、間に合わない。
ほら、今またばきしたぞ。
次の瞬間、俺は脳天に衝撃を受けていた。
結局、俺は3年間一度も花岡から一本を取ることは、できなかった。
くやしいから、花岡に癖のことを教えてやった。
すると花岡は「知ってるよ」と笑いながら言った。
「だって、それはおれが流した嘘だから。だまされただろ、木下」
まんまと騙された。花岡は俺と地稽古する時にわざとまばたきをしていたのだ。
まさか、まばたきまで利用するとは……。
俺は花岡に言われて、返す言葉がなかった。
やっぱり、あいつは剣道バカだ。かなう訳がない。
あのまばたきの意味 大隅 スミヲ @smee
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます