第5話 ナミ


 どぶ川の流れは緩やかで二人のドブネズミの心を癒してくれている。


 タバコを咥えながらチンが振り返った。

「アッ!」

その声に振り返ると黒いコートを着た長い髪の女が立っていた。

 女は見たことの無い銃を持って近付いてきた。

「姉さん、その銃はなんて銃だい?」

俺は聞いた。

「1911の9mmを3.25インチにしたカスタムよ」

「高そうだな」

「兄さんは銃が好きなの?」

「好きだね」

女は少し微笑んだ。

 そして銃をチンに向けた。

「まぁ待てよ。最後なんだからタバコ吸わしてやってくれよ」

また女は少し微笑んだ。

「いいよ。チンさん吸いなよ」

「アリガト…ナゼワタシネラウ?」

女は確実に撃てる射程距離を保ってこちらを見ている。

 時折、目が合う。


 チンはタバコを吸い終わり柵に寄り掛かった。撃った後にどぶ川に捨ててくれと言うように…。


 女はチンの覚悟を悟ったように躊躇いなくチンを撃って、そのままチンはどぶ川へ落ちていった。


「チンさんおつかれさまでした」

俺は手を合わせた。

 女は銃をしまって近付いてきた。

「タバコもらえる?」

タバコを差し出して火を付けてあげた。

「兄さんはチンから銃を買ったの?」

「そうだよ」

「ヤクザ?」

「“元”ね」

「なぜ今買ったの?」

「あぁそれな…たぶん姉さんを撃つ為だなぁ…でも、俺が撃つんじゃ無いんだよな」

「どういう事?」

「いい女とお喋りするのは好きだから話すよ…半年前にな俺のアニキが殺されたんだよ。残された家族は離散して悲惨な生活を今はしていてねぇ…まぁアニキの仇を取ったところでなんも無いけど多少の気持の整理は出来るんじゃ無いかと思ってね」

「その殺し屋はアタシじゃ無いね…半年前はアメリカでまだ訓練中だったもの」

「え?」

「それにアタシは殺し屋じゃ無いしね」

「ん?」

「任務なのよ」

「スパイか?」

「それとも違うわね」

「警察か?」

「近いかなぁ」

「また会えるか?」

「なぜ?」

「会わせたい娘が居るんだ」

「殺されたアニキさんの娘?」

「ああ」

「いいよ」

俺と女は連絡先を交換した。


 『ナミ』


 女はナミと名乗った。

 理由は無いがナミを渚に会わせたいと何となく思ったのだ。


 夜ー。

 ネオンの夜空が俺と渚を包む。賑わいを見せる新宿西口は蟻の行列を作るように人々を駅や歌舞伎町へと誘導している。ネズミが足元を走る。ゴミ捨て場はカラスの休息場、その隣にはホストと女が口論している。

 見向きもしないー。


つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る