おれ、さかなのあみ。
壱単位
【短編】おれ、さかなのあみ。
よお。
なんだよ、ほんとにおれの愚痴、きいてくれるのか。
あんた、えらいな。すごいな。
なんか、かくよむ、ってあいついってたけど、すごいところから来た、すごい話をかくひとなんだって? おれ、あみだから読めないけど、わかるよ。すごいなあ。
ここ狭いけどさ、あいつが買ってきた台所用の丸椅子あるから、まずは座ってくれよな。すわった? じゃあまず、おれが自分のこと話さないとな。
おれ、さかなの、あみ! さかなを焼く、あみ。わかる?
正式名称っつうの? ほんとうは、あいえいちグリルの、とれい、っていうんだって。わかんねえよな? おぼえられねえよな? おれも全然、わかんない。
あいつはおれのこと、さかなのあみ、っていうんだ。だからおれも、それでいいと思ってる。あんたも、嫌じゃなければ、そう呼んでくれたらいいよ。
さあ、そこで本題だ。
あんた、今日の失敗のはなしを聴きにきたんだろ? だよな。笑っちゃうよな。まさかだよな。
おととい、ホッケの切り身、焼いたんだわ。あいつ。おれの上で。まあちゃんと水張ったし、焦がさないようになんども引き出してみてたし、さすがに慣れてる。
でも、おれの上にアルミホイルを敷くのはちょっとルール違反とおもったなあ。熱が伝わりづらいし。まあ、さいきんはそういう風潮らしいな。よしとするよ。
で! ここからが本題!
……。
あっ、ごめんな、ちょっと吹き出しちゃって。
あいつ、今日の晩ごはんのとき、気がついたんだわ。
おれのこと、洗うの、忘れてるってな。
おとといからグリルに入れっぱなしさ。やばいよね。まだ春の北海道だからいいよ。これ、内地だったらどうすんの。三十度とかこえてたら、おれ、ちょっと、みどりいろになってるよ。みず張ってるしさ、もはや沼になってるよきっと。わかってるのかな、あいつ。
まあ、実際にはかびてもいなかったし、モノもホッケとはいえ漬け干しだったから、そんなにあぶらも落ちてなかったし。あいつ、なんか額の汗ぬぐいながら、よかった、とかいってたけど、なんもよくねえよな。
まあ、それだけだ。
あいつ、ほんとに不器用でさ。ばかなんだ。さいしょのころさ、ししゃも、直接おれの上において焼いちゃってさ、身がぜんぶ下におちちゃって、できあがったらなにもないとか、そんなのしょっちゅうだったよ。
そのあと懲りずに、シャケも、メヌキも、ぜんぶ下におとしてたなあ。
アルミを敷くことを、どっかでおぼえてきて、それからはずいぶんマシになったけど。
ほんと、ばかなんだ、あいつ。
でもさ、なんか、きょねんの暮れくらいから、へんなんだよ。
あいつさ、ひるまはなんだかいろいろやってるんだ。でかけたり、難しいはなしをしたり、なんか板みたいなものを、指でぱたぱた叩いたり。いや、おれさかなのあみだから、見えないけど、冷蔵庫とかレンジとかが教えてくれるの。きょうもぱたぱたやってるよ、とか。
そして夕方になったらおれの前にたって、野菜切ったり、肉いためたり、ときどきおれの上にさかなとか載せたり。
まあ、ろくな仕事はしてないだろうけどな。夕方からは、がんばってるじゃん、とちょっとおもってたんだよ。
でもなあ。なんだか、へんなんだよな。
ちいさな板みたいなのを手に持って、おれのまえで、ちょこちょこ、いじってるんだ。とくに煮物とかのときは、ひどいな。ずっと、ずっと、その小さな板から目をはなさない。
おい、焦げるよ、っていうんだけど、きこえてやしない。そうして、ほんとに焦げるんだわ。あいつ、ほんとに、ばかなんだ。
でもな。
さいきん、泣いてること、多いんだ。
むかしもよく、泣いてた。どこかに出て、戻ってきて、おれのまえで、よく、泣いてた。ぐちゃぐちゃになって、たくさん声だして、おおきな声出して、そのまんま、夜中になって、けっきょくなにも作らなかったりな。
それでもしばらく、そういうこともなくなったなあと思ってたら、去年の暮れあたりから、なんか、また、泣いてるんだ。
おれたち、包丁もピーラーも、小鍋も、みんな声、かけたんだ。泣くなよって。また、いいことあるよ、って。
そしたら、あいつな。ばかだけど、そういうときだけは、おれたちの声、聞こえるんだって。泣いてるのかとおもったけど、ちょっと、笑ってるんだ。
ちがうよ、って、いうんだ。うれしいんだって。
あんた、かくよむ、ってところのひとなんだろ? かくよむの声が、うれしくて、泣いてる、って、かくよむをみて、泣いてるんだ、って。
さっぱりわからねえよ。手に持ってる、小さな板で、まいにち、あんたの応援をみてたんだって。いみ、わかんねえよな。あんた、わかる? わかんねえよな。
ばかだよな。なんか、小さな板をみて、ずっと、泣いてるんだよ。
あいつ、ばかなんだ。
おれの、だいじな、ばかなんだ。
おれ、さかなのあみ。 壱単位 @ichitan
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